1/29 ビジネス実践インドネシア語講座のお知らせ
2017年最初の講座です。ゆるゆるとすでに3年半続いています。最新のインドネシアの話題に触れましょう。全然知らなくても解説をご用意しますのでご心配なく。

ビジネス実践インドネシア語講座
2016年12月11日(日)14:30~17:00
レストラン 五條 源兵衛 (奈良県五條市新町通り) にて
アクセス:JR和歌山線五条駅徒歩10分、無料駐車場有
     http://genbei.info/

今月のトピック:
① 安倍首相のインドネシア訪問
② ジャパン・ファッション・イベントへの制服系ブランド出店
③ 未定

参加費: 3000円(当日現金でお支払下さい)
     遠方参加者歓迎!皆様、市外/県外からの参加です。

--お菓子と教材(解説つき)プリントの準備がありますので、出席ご希望の方は前日夜中にメールフォームからメールをお願いします。

--源兵衛特製の茶菓子付 
と言いつつ、写真は先月のお菓子の写真です。この時は源兵衛さん作ではなく、市内のパティスリークリアンによるエクレアをクリスマスプレゼントとして差し入れてくれました。
20161211パティスリークリアンのエクレア


源兵衛で昼食/夕食をご希望の方は、直接源兵衛にお申し込みください。源兵衛は昼の部が14:30で終わり、夜の部までの間の営業時間外を利用して本講座を行っています。
2017.01水牛「ジャワ神秘主義と卵」
高橋悠治氏のサイト『水牛』 に今月は「ジャワ神秘主義と卵」を寄稿しました。
→ 「水牛のように 2017年1月」をクリック
→ 「ジャワ神秘主義と卵」をクリック


ジャワ神秘主義と卵

明けましておめでとうございます。今年の酉年にちなんでニワトリ関係の話を1つ…ということで、卵の話。

タイトルにあるジャワ神秘主義というのは、ジャワ島に見られる土着信仰で、瞑想修行や霊力のある物(剣や石など)の収集などを通して超常力を身につけようとするものだ。私は実はジャワで霊的な力を持つ人に見てもらったことがあり、その際に卵を使うのである。

私が出会ったジャワ神秘主義指導者(以下、老師)は、ある舞踊家(以下、A氏)がその方面で師事する人だった。10年ほど前、A氏は自分の舞踊公演に老師を呼び、公演後に私にも紹介してくれた。当時、私には深刻な悩みはなかったが、この種の人たちがどうやって「見る」のかにずっと興味があったので、今度ある助成金に応募するのでアドバイスしてほしいという相談を持ちかけた。

その夜、老師はこれから水浴しようと言い出し、ソロかジョグジャ辺りの郊外のどこか分からない聖水の水源地へと私は連れていかれた。王宮関係の場所のようだ。かなり広い敷地で、門の中には満々と水をたたえたプールのようなものがあり、月明かりに照らされている。他に人はいない。老師と共に私はそこで水浴びをした。

それから私の家に向かう。老師に言われて、私は途中で開いている市場で生卵を1個買った。余談だが、これは2005年夏の出来事だった。卵の値段が高すぎると私が店の人に文句を言うと、「実はねえ、最近この村で鶏がバタバタ死んでしまって、いま卵はなかなか手に入らないのよ~」という会話を交わしたのだ。2005年12月になってインドネシアで鳥インフルエンザの死者が出たと発表があったので、それより何か月も前から地方の鳥の間では流行していたことになる。

閑話休題。私の家に着くと、薄暗い電気の明かりの下、私と老師は差し向かいで床に座った。老師は祈りの言葉を口にしたあと慎重にその卵の先を爪で欠いていく。中から石が出てきた。ジャワの男性がはめている指輪に載っている石くらいの大きさだ。ジャワ人でも懐疑的な人は、薄暗い中でやるのがミソで、指の間に隠していた石をさも卵から出てきたように見せるのだと言うのだが、それでも目の前の光景に仕掛けがあるようには見えなかった。老師は、それをお守りにして絶えず身につけていなさいと言う。もし老師の力を呼ぶ必要があれば、石を右手(確か)に載せて祈りなさい、私に通じるから、とも言う。そして、私の相談ごとだが、私の書類にはまだ不備が多いのでもう一度初めから書き直しなさいと言う。もう少し詳しいアドバイスがあったがそれは秘密。ともかく、そのお陰だったかどうか知らないが、私は無事に助成金を獲得した。

私が老師にもらった石は緑色だった。私たちにずっと同行してくれたA氏の甥が後日語ったところによると、緑色の石はランクが高い、これが出てくるのは珍しいと羨ましがられた。彼も老師に何度か見てもらっているが、茶色い石ばかり出てくるそうだ。もらう人(私)のランクによるのか(笑)、相談内容によるのか、老師の手持ちが偶然緑色の石しかなかったのかは分からないが、この石を指輪にして身につけるのが良いらしい。私は指輪には加工せず、紙に包んで財布の中に入れていた。ところが、この石は私が助成金を得てインドネシアに再び戻った(2006年8月)早々に忽然と消えてしまった。このことをジャワ神秘主義に通じた人に話すと、石には「意志」があり、その使命を果たすと消えるのだと慰められた。
12/11インドネシア語講座
年内最後の講座です。

12/29 UP NEW! 今月のお菓子の写真をアップしました。今回は源兵衛さん作ではなく、市内のパティスリークリアンによるエクレアをクリスマスプレゼントとして差し入れてくれました。 
20161211パティスリークリアンのエクレア

ビジネス実践インドネシア語講座
2016年12月11日(日)14:30~17:00
レストラン 五條 源兵衛 (奈良県五條市新町通り) にて
アクセス:JR和歌山線五条駅徒歩10分、無料駐車場有
     http://genbei.info/

今月のトピック:
① グレジャ・アヤム(鶏の教会)
② ジョグジャのキノコ料理専門店
③ ワクワク・ジャパン(日本のTV放送)

参加費: 3000円(当日現金でお支払下さい)
     遠方参加者歓迎!皆、市外/県外からの参加です。

--教材(解説つき)をプリントでお渡ししますので、出席ご希望の方は当日朝9時頃までにフォームからメールをしてください。

--源兵衛特製の茶菓子付 
※写真は先月のもの。「五條のりんご、ペンタスの花、ステビアの葉(奥)、オレガノの葉」に紅茶。
20161120_五條のりんご、ペンタスの花、ステビアとオレガノの葉_blog



源兵衛で昼食/夕食をご希望の方は、直接源兵衛にお申し込みください。源兵衛は昼の部が14:30で終わり、夜の部までの間の営業時間外を利用して本講座を行っています。
12/17 寝屋川市で「スコルノ」を踊る
以下のイベントで踊った時の写真を掲載します。
(撮影: 寝屋川市国際交流協会)

演目はジャワ舞踊スラカルタ様式の曲「スコルノ Sukarena」です。特に物語の背景はなく、大人になりかかった女性の美しさを描写した作品で、宮廷舞踊の構成や動きを多く取り入れています。スラカルタ宮廷舞踊家のクスモケソウォ Kusumakesawa が1950年頃に振り付けた作品です。

20161217寝屋川市国際交流協会2

20161217寝屋川市国際交流協会1

留学生・在住外国人との楽しい交流 <多文化交流ひろば>

日時: 12月17日(土)
場所: 寝屋川市立市民会館 地下第1多目的室
主催: NPO法人 寝屋川市国際交流協会(NIEFA)
12/17寝屋川市で踊る
以下のイベントで踊ります。私の出番は3時過ぎになりそうです。寝屋川市内在住・在職・在学者限定のイベント、しかも50人限定なので、来ていただける方は限られるのですが…。

留学生・在住外国人との楽しい交流 <多文化交流ひろば>

日時: 12月17日(土)午後2:00~
場所: 寝屋川市立市民会館 地下第1多目的室
対象: 市内在住・在職・在学の方
定員: 50人(申し込み順)
参加費: 無料
主催: NPO法人 寝屋川市国際交流協会(NIEFA)

同時開催
・スピーチコンテスト 2:00~ (NIEFA、摂南大学共催)
・インドネシア料理を囲んで

寝屋川市
2016.12水牛「町内会の夜警」
高橋悠治氏のサイト『水牛』 に今月は「町内会の夜警」を寄稿しました。
→ 「水牛のように 2016年12月」をクリック
→ 「町内会の夜警」をクリック



町内会の夜警

「火の~用~心、(カチッ カチッ)」と町内会の人が拍子木を叩きながら夜廻りする時期になると、ああ、いよいよ今年も押し詰まってきたなあと感じる。

インドネシアにも町内会の夜警(ロンダ・マラムronda malam)があって、拍子木ならぬクントゥンガンkentunganと呼ばれる木や竹で作ったスリット・ドラムを手に持ち、叩きながら廻る。これは年末に限らない。私の住んでいた地域では、兄ちゃんや爺ちゃんが数名で廻っているのをたまに耳にすることがあった。ただ、私も夜は大体外出していたので、正確な実施状況は知らなかったし、地域によっても差はあると思う。

この夜警だが、夜廻りを一通りやって終わりではなくて、一晩寝ずの番で自分たちの町内を守る。インドネシアの町内会は、日本軍政時の隣組制度を起源として法整備されている。各町内に通じる辻にはポス・カムリンpos kamlingという東屋のようなものが設けられ、毎晩、町内から数人の男が出て交代で一晩詰める。ポス・カムリンの軒にはだいたい巨大なクントゥンガンが吊り下げられていて、何事かあるとこれを叩いて知らせることになっている。そこで男たちはだいたいはチェスをやって時を過ごしている。

何人かの知り合いのインドネシア人男性は、この夜警に出るのは大変だと言っていた。次の日には仕事に行かねばならないのだから。夜警に出られない場合はお金を出さないといけない(この辺は日本の町内会と同じ)が、度重なると負担になるし肩身も狭いという。

私は地方都市の町中の一軒家を借りて住んでいた。女子だし外国人だし…ということで、町内づき合いは免除されていたように思う。けれど、それだからこそ、また、私はいろいろ行事や公演を見に行って夜が遅くなることが多かったので、夜遅く帰ってきたら夜警の人にはいつも挨拶を欠かさないようにしていた。出先で食べ物をもらうことがあると、夜警の人たちにいつも差し入れるようにしていた。私が貢献できることはそれくらいしかないのだし、町内の人たちと交流してどんな人なのかを知ってもらうことが、結局は自分の身の安全につながるのだ。ジャワに住み始めて最初の頃は、なんで夜にたむろしてチェスする男性が多いのだろうと不思議に思い、少し怖くも思っていたけれど、今となっては懐かしく感じる。




9/24 インドネシア映画祭
遅まきながらアップします。

インドネシア総領事館のご招待で下記開会式(24日)に行ってきました。

2016年インドネシアの映画祭
Festival Film Indonesia 2016

会期:   2016年9月24日(土)~25日(日)
      開会式 24日 12:00~
場所:  シネマート心斎橋
     (大阪市中央区西心斎橋1-6-14, ビッグステップ4階)
作品:  
1. "Aach, Aku Jatuh Cinta" (アッ、恋に落ちてしまった!)
    Garin Nugroho (ガリン・ヌグロホ)監督
2. "Tampan Tailor"(タンパン・テイラー)
    Guntur Soeharjanto(グントゥル・スハルヤント)監督
3. "Love you, Love you not"(ラブユー・ラブユーノット)
    Sridhar Jetty(スリダル・ジェティ)監督

開会式後の上映作品が1なのだが、これがガリン・ヌグロホの作品であることに気づいて驚く。いかにも海外映画祭受けしそうな作品ばかり作っているという印象があったので、ラブコメを作っているのは意外だった。

wiki pediaにすでに項目ができていたので、リンクを張っておく。
https://id.wikipedia.org/wiki/Aach..._Aku_Jatuh_Cinta

相変わらず私は、この人の作品がそれほど好きではない。今まで何作か見たけれど、登場人物の心の変化が掘り下げられなくて、あるいは私が分かるような掘り下げ方でなくて、どこか沿い遂げられないという感覚がある。が、彼は絵的に美しいシーンを切り取るのがうまいという気がする。たぶん、彼はその絵を作り出すのが主眼で、そのために、ストーリーや人物は存在するのではないかという気がする。
10/8 アキさん追悼の会で踊る
事前告知ができなくて、すみません。次のイベントで踊りました。

バティックと芸術、そして思い出の中のアキさん
Batik, Seni & Mas Aki dalam kenangan


日時: 10/8(土)14:00-16:00
場所: 船場センタービル 3号館 B1
協力: 在大阪インドネシア総領事館、ITPC大阪・アキさんの友人一同


※アキさんは、かつて在大阪インドネシア総領事館に勤めておられましたが、今年6月に死去されました。このイベントは10/7-9に行われる『船場まつり』の一環として、故アキ・アディシャクティ氏の家族がオーナーを務めるギャラリー・バティック・ジャワの展示会場で行われました。

私が踊ったのは私自身の作品です。もともと、亡くなった人に手向ける作品として作ったもので、今回の趣旨に沿うと考えました。

タイトル: 妙寂 Asmaradana Eling-Eling
振付:   冨岡三智
音楽:   Martopangrawit
初演:   2001年、Sanggar Negeri Suket (インドネシア・ソロ)にて

アキさん2_萩原フミワティ

アキさん_萩原フミワティ

photos by 萩原フミワティさん
10/2 観月の夕べ 終了
公演は無事終了しました。ご来場下さいました皆様、有難うございます。今年は台風接近のせいか、10月に入ったにも関わらず、かなり蒸し暑い夜でした。翌日は雨になりましたが、お天気がもってほっとしています。公演の写真をご紹介します。

2016観月の夕べ


第8回ジャワ舞踊・影絵・ガムラン奉納公演
観月の夕べ

日時: 10月2日(日)午後6時~8時
場所: 岸城(きしき)神社 社殿前

     大阪府岸和田市岸城町11-30  
併催: 蛸地蔵商店街手作り市 午後2時~境内

出演…舞踊 
・ウィジャヤ・クスマ (坂口裕美子、櫻井有紀、西田有里)、
・大石麻未、岡戸香里、西岡美緒、
・冨岡三智

出演…ガムラン音楽 
・ハナジョス (ローフィット・イブラヒム、佐々木宏実)
・ビンタンララス (ハナジョス、近藤チャコ、西田有里、松田仁美、山下奈美、
            ミヤント、アナント・ウィチャクソノ)

出演…ダラン(影絵の語り・人形遣い)
・ローフィット・イブラヒム


主催■ ジャワ舞踊の会、ハナジョス
後援■ 岸和田市、岸和田市教育委員会、特定非営利活動法人ラヂオきしわだ、
      在大阪インドネシア共和国総領事館
協力■ 蛸地蔵商店街手作り市、フロントダッシュ(園田恵子)


●観月の夕べ2016_園田恵子
photo by 園田恵子さん


・ 岸城(きしき)神社宮司: 阪井正明様 ご挨拶
・ 岸和田市長: 信貴芳則様 ご挨拶
  だんじり祭りの試験曳きのため、法被姿のままでご来場くださいました。

・ 在大阪インドネシア共和国総領事館の総領事他皆様は、昼の予定地から少々遅れてのご来場となりました。


舞踊 「サリ・クスモ」
(ウィジャヤ・クスマ メンバー)
 
作品名は花の精髄の意味。ジョグジャカルタ様式の舞踊で、一番最初に学ぶ曲です。1976年、サスミント・マルドウォ振付。


舞踊 「ゴレッ・ランバンサリ」
(大石麻未、岡戸香里、西岡美緒)

ゴレッは、ジャワのジョグジャカルタ王家のハムンクブウォノⅦ世の時代(1877- 1920)に創られた女性舞踊のジャンルで、当初、宮廷内では女形によって踊られていました。ゴレッには「探し求める」という意味があり、舞踊では、人生の意味や理想を探し求めつつ、大人になってゆく時期の女性を描いています。

ゴレッには伴奏曲と振付の異なる数種類があります。「ランバンサリ」は伴奏曲の名前で、同じ曲でも時代を経るに従って、短いバージョンが作られてきました。今回上演するのはハメンクブウォノVII世当時の振付と言われ、時間も長いため、現在では上演される機会が少ないものです。古い作品のため動きはシンプルでゆったりとしていますが、この時代のゴレッにしかない、おっとりとした美しさがあります。咲き誇る花のような、幸福感に満ちた作品です。

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photo by 鈴木朋子さん

 ― 休憩 ―

舞踊 「ガンビョン・ボンデット」
(冨岡三智)

ガンビョンは20世紀初頭にジャワのスラカルタ(通称ソロ)で発展した舞踊です。民間の豊穣祈願の舞踊に由来するため、結婚式でよく上演されます。現在では若い女性が複数で踊ることが多いのですが、本来のガンビョンは、一晩に一人の踊り手が太鼓の規則に合わせて、半ば即興的に踊り通すものでした。唯一の女性である踊り手は、男性楽師達のマドンナだったのでしょう。ガンビョンも昔の有名な踊り子の名前だと言われています。

ガンビョンの太鼓奏法は現在のガムラン音楽演奏の基本です。本来、どのような曲を使っても伴奏できますが、現在では決まった曲でしか上演されていません。今回は通常と違い、「ボンデット Gd. Bondhet Sl. nem」の曲を使い、独自のアレンジで上演します。

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photo by 鈴木朋子さん


影絵 ワヤン・クリ 「プラン・クンバン」
(ダラン: ローフィット・イブラヒム)

ワヤン・クリとは、水牛の皮で作られた影絵人形によって繰り広げられる影絵芝居のことです。ジャワでは、現在でも個人や団体の様々なお祝いごとの際に、ワヤン・クリが夜を徹して上演され、庶民の人気を得ています。ダランは、語りながら音楽に合図を出し、人形を遣うという、八面六臂の活躍をします。

今回は、勇者アルジュノと、チャキル率いる鬼軍団の戦いを上演します。目的地へ向かうアルジュノの行く手を邪魔しようと、森に棲む様々な鬼が登場します。鬼がみごとにアルジュノに倒されて行くシーンのことを「プラン・クンバン(花の戦い)」と言います。徹夜の上演の中でダランの人形さばきを楽しむシーンとなっています。

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photo by やまうちなみ さん


出演者プロフィール

※ISI=インドネシア国立芸術大学

ウィジャヤ・クスマ■ ジャワ舞踊サークル。2011年~活動。
大石麻未■ ISI ジョグジャカルタ校留学。
         2015年~ ジャワ舞踊教室うぃどさり主宰(香川県丸亀市) 
岡戸香里■ ISIスラカルタ校他留学・調査。名古屋在住。
西岡美緒■ ISI ジョグジャカルタ校留学。
         2011年~ジャワ舞踊サークル ウィジャヤ・クスマ講師。
冨岡三智■ ISIスラカルタ校に留学・調査。2004年~ジャワ舞踊の会主宰、
         インドネシアとの芸術交流を推進。
ハナジョス■ ISIジョグジャカルタ校卒業のローフィット・イブラヒムと同校に
      留学していた佐々木宏実によるジャワ芸能ユニット。2002年結成。
ビンタンララス■ 2012年~既存のグループの枠を超えて、ガムランとワヤン
         (影絵)の魅力を発信する活動を行う。
アナント・ウィチャクソノ■ ISIジョグジャカルタ校卒業。影絵人形遣い
2016.9水牛「香りの話」
高橋悠治氏のサイト『水牛』 に今月は「香りの話」を寄稿しました。
→ 「水牛のように 2016年10月」をクリック
→ 「香りの話」をクリック


香りの話

今回はジャワの儀礼で使われる香りの話。ジャワの宮廷では瞑想する時や儀礼が行われる時にお香を焚く。植木鉢大の素焼きの炭炉にいこった炭を何個も入れ、その上からラトゥスratus(練香)を振りかける。練香は日本の香道に使うような小さな粒ではなく、ピンポン玉くらいの大きさだ。それを指先でほぐして炭の上に振りかけると、煙が上がり、香りも立つ。ラトゥスをそのまま炭に置く人もいた気がする。煙が上がるということは、お香が燃えているということ。お香係の人は炭を団扇であおぎ続け、火力を落とさないようにする。お焼香をもっとワイルドに、盛大にした感じと言えるかもしれない。

それは祈りのためではあるけれど、辺り一面に香りが漂うので、空薫(そらだき)のような機能も持っている。空薫とは空間に香りを漂わせること。日本の香道では、いこした炭を灰にうずめて灰を熱くした後、その灰の上に練香や香木を載せて香りを立たせる。つまり、間接熱で香り成分を抽出する。お香を直接燃やすわけではないから、煙が立つことはない。

ラトゥスはバティック(ジャワ更紗)に香りを焚き染める時にも使う。私が王宮でお世話になった人は、両親も王宮で働いていて、その係だったという。日本では、香炉の周りに伏籠(ふせご)という名の、蒔絵の施されたような雅な道具を置き、その上に着物を置いて香を焚きしめるのだが、ジャワでは、闘鶏を入れておくサイズの竹籠(シントレンという芸能や、子供が大地に足を付ける儀式でも使う、能の道成寺の鐘くらいの大きさだと思う)を使い、その中に香炉というか炭炉を置き、籠にバティックを置いて焚き染める。

瞑想といえばムニャンmenyan(乳香)もよく使われる。私はラトゥスは王宮で分けてもらっていたけれど、ラトゥスやムニャンはパサール・クンバン(花市場)に行けば売っている。ムニャンも買って自分でも焚いてみたことがあるのだが、強い刺激臭があって私には使いこなせなかった。ちなみに、ジャワのガムラン音楽の曲で「ムニャン・コバル」という大曲がある。「乳香がくゆる」というような意味で、お供えとしての意味合いの強い曲だろうか…と思ったりする。

他に香るものと言えば、クンバン・スタマンkembang setaman。「花の園」という意味で、紅白のバラ、ジャスミン、カンティル、クノンゴなどの花を、花の部分だけ(茎は使わない)、バナナの葉っぱに盛ってお供えにする。また、バラの花びらを水に浮かべたお供えもそう呼ぶ。私が王宮の人に聞いたところでは、霊はただの水より香りの良い水を好むのだと言う。

ジャワの儀礼ではさまざまな香りが空間を満たしている。部屋の入口の隅にはクンバン・スタマンが置かれ、儀礼が滞りなく終わるよう、お香を焚いて祈る女性たちがいる。霊力のある柱などにも、特別に祈りが捧げられる。舞踊が奉納されれば(舞踊もまた供物の1つなのだ)、踊り手は髪にジャスミンの花で編んだ飾りをつけたり、裾を引き摺るように着付けたバティックの裾の中に紅白のバラの花びらを巻き込んだりする。踊って裾が蹴られるたびに散華のように花びらがこぼれ、香りが立つ。衣裳にも香りが焚き染められている…。こんな贅沢な香りの使い方は日本では見られない。