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訃報: Bambang Besur氏と三賀森康男氏
2008年に「島根・インドネシア 現代に生きる伝統芸能の交流」プロジェクトを企画実施し、ジャワ舞踊と岩見神楽のコラボレーション『オロチ・ナーガ』(2008年9月)を公演しましたが、それに出演してくださったジャワの舞踊家バンバン・ブスール Bambang Besur(本名:Bambang Suryono)氏が2020年1月22日に亡くなりました。そして、その翌日の1月23日には、岩見神楽の岡崎神楽社中代表(当時)三賀森康男氏もまた亡くなられました。あまりの偶然に呆然としておりますが、ここに謹んで哀悼の意を表し、当時の記録類をここにアップしておきます。

●写真
blog プレスリリース
このプロジェクトのプロモーション用に撮った写真。バンバン・ブスール氏と。

島根・インドネシア~ 061
じいさん、ばあさんの役が三賀森氏、座っている人物の奥側の方(と思う)

島根・インドネシア~ 011
公演終了後に皆で記念撮影。中央の額縁を持っておられるのが三賀森氏。

●『オロチ・ナーガ』映像
(1/3) OROCHI NAGA - introduction -
  公演前の案内
(2/3) OROCHI NAGA performance
  公演
(3/3) OROCHI NAGA - gratitude -
  公演後の挨拶   

●ブログ過去記事
記事分類=ジャワ舞踊公演
➡ '08 岩見神楽+ジャワ舞踊 

●サイト『水牛』に寄稿した記事
ヤマタノオロチと立ち合う」、『水牛』2008年7月号
6月、コラボレーションに向けて岡崎神楽社中さんと打ち合わせや練習をしてきた時のこと。

石見神楽とジャワ舞踊によるオロチ・ナーガ」」、『水牛』2008年10月号
公演前の練習から公演の時のこと



概要
石見神楽とジャワ舞踊の共同制作作品『オロチ・ナーガ』
公演日: 2008年9月7日
会場名: 島根県浜田市三隅町 湊八幡宮
出演者: 岡崎神楽社中、Fajar Satriadi、Bambang Suryono
      冨岡三智
事業名: 島根・インドネシア現代に生きる伝統芸能の交流
主催: 三保三隅百姓会・パサール満月海岸、
     島根・インドネシア 現代に生きる伝統芸能の交流実行委員会
助成: しまね文化ファンド、インドネシア観光文化省、
     Pia Alisjahbana
後 援: 在大阪インドネシア共和国総領事館
訃報: Ibu Saryuni Padminingsih
2020年1月18日、インドネシア国立芸術大学スラカルタ校(ISI Surakarta)教員のSaryuni Padminingsih氏が亡くなりました。私が男性舞踊&振付で師事するSilvester Pamardi氏の奥様で、私がスリンピやブドヨをジョコ女史に習っていた時、一番先に参加してくださり、スリンピやブドヨの公演では踊り手として、それ以外にも何かと助けてくださった先生でした。哀悼の意を示し、一緒に公演した写真や映像などを挙げます。

(1)2003年2月1日 「ダルマニン・シウィ」公演(振付 Djoko Tutuko)

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手前左がIbu Saryuni

Darmaningsiwi1.jpg
中央正面向きがIbu Saryuni

(2)2006年11月26日 宮廷舞踊「スリンピ・ゴンドクスモ」公演



20070304184256.jpg
手前右がIbu Saryuni

(3)2007年6月28日 宮廷舞踊「ブドヨ・パンクル」公演


Michi Tomioka from Kantor Pos on Vimeo.



pangkur1.jpg
右奥がIbu Saryuni


(1) 写真撮影 Hari Sinthu
(2)、(3) 写真撮影Heru Santoso
1/25 APPBIPA参加
2020年1月25日、在大阪インドネシア総領事館にてAPPBIPA(外国人話者にインドネシア語を指導する人のための研修)に参加。
年賀のご挨拶
初春のお慶びを申し上げます

本年もよろしくご指導のほど、お願い申し上げます
2020(令和2)年庚子元日

20200101正月の花

●2019年 ジャワ舞踊の公演やワークショップ活動

『早春を舞う ジャワ舞踊と和籟弦打と美の宴
ジャワ舞踊、笛、太鼓、アートによるライブパフォーマンス』
3/3 レインボーハウス(宮崎県都城市)

ジャワ舞踊奉納
5/19 岸城神社(大阪府岸和田市)
ガムラン演奏: ビンタンララス他

ジャワ舞踊ワークショップ
7/4 桃山学院大学(大阪府和泉市)
主催: 桃山学院大学インドネシア研究会

『インドネシア・日本まつり』
10/5 湊町リバープレイスプラザ(大阪市) 
ガムラン演奏: ビンタンララス

『養老アート・ピクニック』>『ガムラン・ノンストップ』
11/2~3 岐阜県養老公園
ガムラン演奏: マルガサリ
協力: 情報科学芸術大学院大学[IAMAS (イアマス)]

『能舞台で聴くガムラン』
自作「陰陽ON-YO」
12/8 堺能楽会館
ガムラン演奏: マルガサリ
照明協力: 羽田美葉

ジャワ舞踊 レクチャー&上演
12/24 大阪樟蔭女子大学 高智館円形ホール
授業: 「芸術と鑑賞」 テーマ: 「ジャワ舞踊 ~古典と創作~」

●その他の活動

インドネシア渡航
9月 ジャカルタ、スラカルタ

第27回地域伝統芸能全国大会
9/28 ジェイテクトアリーナ奈良(奈良県)
奈良県十津川村武蔵踊保存会の上演に参加

12/24大阪樟蔭女子大学にてレクチャーコンサート
日時: 2019年12月24日(火)14:40~16:10
場所: 大阪樟蔭女子大学 高智館円形ホール
授 業: 「芸術と鑑賞」
テーマ: 「ジャワ舞踊 ~古典と創作~」

昨年に引き続き、「芸術と鑑賞」講師として登壇を依頼される。今回はジャワ舞踊における古典と創作の関係について考えてもらうということで、私自身の作『陰陽ON-YO』と『ガンビョン・パレアノム(ガリマン版)』を紹介する。今回こそ、講演中の写真を撮ってもらおうと思っていたのに、ころっと忘れていて、昨年と同様に写真がない。残念なので、キャンパスの写真だけアップしておく。

20191224大阪樟蔭女子大学blog
2019.12水牛「8年に1回の「飯炊きの儀」備忘録」
高橋悠治氏のサイト『水牛』の
2019年12月」(水牛のように)コーナーに、
8年に1回の「飯炊きの儀」備忘録」を寄稿しました。



8年に1回の「飯炊きの儀」備忘録

今回紹介しようとする「飯炊きの儀」は、ジャワのスラカルタ王家においてスカテン儀礼の時に行われるものである。スカテンは今年は11月2日から9日まで行われた…ので、実は先月に終わっている。しかも、この儀礼は8年に1回しか行われない。最近だと2017年に行われた…ので、全く以てタイミングを外しているのだが、先日唐突に昔のことを思い出したので、書き留めておきたい。

スカテンとはジャワ島中部の王家(スラカルタとジョグジャカルタ)で催される儀礼で、イスラム預言者ムハンマドの生誕を祝うため、王宮モスクの中庭で生誕祭までの1週間、巨大なガムラン楽器「スカティ」を昼夜演奏し続けるというものである。ちなみに、ジャワ島西部のチレボンという王宮でも同趣旨の儀礼・ムルダンがある。ムハンマドの生誕祭はイスラム暦(1年約354日)で執り行われるので、毎年約11日ずつ日がずれていく。

「飯炊きの儀」とは「アダン・セゴ Adang Sego」のことで、ジャワ語で文字通り「ご飯を炊く」という意味である。王自ら巨大な4つの甑(こしき)を使って米を炊き、家臣がそれをいただいて食べる儀礼で、パク・ブウォノII世(1726-1749)の時代、つまりスラカルタとジョグジャカルタが分裂する前のマタラム王国時代、まだ都がカルトスロにあった時から行われ、現在までスラカルタ王家で継承されている。日本の羽衣伝説に似た『ジョコ・タルブ』という伝説がジャワにあるのだが、甑はその人間の男性と結婚した天女(稲の女神でもある)と関係があるとされる。

この儀礼が行われるのは8年に1度巡ってくるダル年のみである。ジャワにはウィンドゥwinduという8年周期の暦――ちょうど十二支のようなもの――があり、ダル年はその5番目だ。ちなみに、ジャワの人々はウィンドゥが8周した時(64歳)や10周した時(80歳)に、還暦や傘寿のようなお祝いをする。それはともかく、ダル年が特別であるのはムハンマドがダル年生まれであるからのようだ。スカテン最終日(つまりムハンマド生誕祭)には、食物で作られた神輿が出るのだが、その数もダル年だけ倍になる。

私も留学中の2002年にダル年に巡り合っている。当時、私はスラカルタ王家の様々な儀礼を参与観察させてもらっていたので、「飯炊きの儀」も見たいと思っていた。8年に1回の儀礼というだけでなく、この年にはぜひ見たいという特別の理由もあった。実は、この「飯炊きの儀」にはその場に華人がいるとご飯が炊きあがらないという伝承があり、華人お断りの儀礼だったのである。2000年、インドネシアでは1965年以来行われていた華人の文化・慣習に対する制限が撤廃されたが、そのような状況下において、この儀礼はどうなるのだろうか?と興味を持っていたのだ。

「飯炊きの儀」で上記のような伝承が生まれたのは、実は1740年の華僑騒乱に関連する。バタヴィアでオランダ東インド会社による華僑虐殺事件が起こると、中部ジャワでも各地で華僑が反乱を起こしてオランダ人を殺した。パク・ブウォノII世は当初は華僑を支援し、東インド会社に反旗を翻したものの、後に敗れて謝罪。その変節ぶりに家臣や華僑が怒って王に敵対した。王は東インド会社の助けを得てこの反乱を収束させたために、会社に大きく譲歩する羽目になった。華僑騒乱の時、華僑は王宮の台所を突破したとも言われており、それが「ご飯が炊きあがらない」という伝承に転化したようだ。

結局、この「飯炊きの儀」は見れなかった。王家の事務に見学申請を出していたが、ぎりぎりになって「実は、外国人は入れなくなりました…」と申し訳なさそうに言ってきた。予想外の返事だった。伝統行事としてどうしても華人禁止にしたいが、2000年以降の社会的状況下でそれを明言することはできない、だったら外国人全般を禁止してしまおうという政治判断が働いたのだろう。それほど、王家は華人/華僑に裏切られたという記憶をこの儀礼に刻印しておきたいのか。それとも、そうしなければならぬという神のお告げでも出たのか。その後の2009年、2017年のダル年にはどうしたのだろうか…と思う。
2019.10水牛「インドネシアで浦和レッズの試合を見に行った理由」
先々月アップし忘れていました…。ちなみに2019年11月号には寄稿できず。

高橋悠治氏のサイト『水牛』の
2019年10月」(水牛のように)コーナーに、
インドネシアで浦和レッズの試合を見に行った理由」を寄稿しました。



クディリ・サポーターのスタンド


インドネシアで浦和レッズの試合を見に行った理由

いま日本でラグビーワールドカップが開催されている。私はスポーツには全然関心がないのだが、熱気ある報道を見ていたら、昔インドネシアで観戦した浦和レッズの試合のことが思い出されてきた。というわけで、今回はその思い出話。

その試合はAFCチャンピオンリーグの浦和レッズ×ペルシク・ケディリ戦(インドネシア語の発音としてはプルシッ・クディリの方が近い)で、2007年5月9日(水)午後3時半からインドネシアのソロ市にあるマナハン競技場で行われた。当時、私は調査のためにソロ市に住んでいた(3度目の長期滞在)が、普段はテレビも新聞も見ていないこともあって、浦和レッズがインドネシアに来ることは全然知らなかった。

その試合前日の朝6時頃、突然の訪問者がある。ちなみに、朝6時というのはインドネシアでは他人に電話しても失礼ではない時間帯である。が…訪問者は見知らない青年で、近所の人が私の家まで案内してきた。その青年が言うことには、ある方の使いで、ここに日本人が住んでいると聞いて来ました、そのある方が日本のサッカーチームがソロに来るのを知って、垂れ幕を作って歓迎したいと言っています、垂れ幕を日本語で作りたいので、次の言葉を日本語に翻訳して紙に書いてもらえませんか?…そう言って、彼はインドネシア語のメッセージを差し出した。彼は本当にただの使いのようで、ある方というのは一体誰なのか、日本のチームがなぜ来るのか、どこで私のことを知ったのか、という私の疑問はちっとも晴れない。時代劇で、悪役が呼び出しの手紙を通りすがりの子供に預けたりするシーンがあるが、まさしくああいう使いである。それでも、見も知らぬインドネシア人の日本に対する好意には応えたいと思い、彼のメモを「サッカー天国 インドネシアに ようこそ」と訳して、パソコンでできるだけ大きなフォントで打って印刷してあげた。

その日の夕方、私はたまたま日本人駐在員の人から、その人が住んでいるホテル(ソロで一番グレードの高いホテルの1つ)に浦和レッズの一行がチェックインするらしいという情報を得た。その歓迎のガムラン演奏の練習がロビーであったと言う。朝の件はそのことだったかと合点してそのホテルに行ってみると、選手には会えなかったが、一行に同行する日本の旅行代理店と航空会社の担当者の人と話をすることができた。ここでやっと試合の詳細が分かったので、次の日、私は日本人留学生2人を誘って観戦することにする。

海外にいると多少は愛国的にもなる。日本にいればあえて見に行こうとは思わなくても、海外で住んでいる町にあの浦和レッズが来るなら見てみたい。しかもチケット代は2万ルピアである。新聞によると、これがVIPチケットの値段だった。当時のレートは1円=約70ルピア、日本円にして約285円で、日本で浦和レッズの試合を見ることを思えば安い…という計算も働いた。(普段は現地の金銭感覚で生活しているのだが)。

試合当日、私と友人は日本人サポーター専用だというA12ゲートから入った。この日本人席にはザッと数えて200人以上の日本人がいたので、びっくりである。ソロ在住の日本人は駐在員と留学生を合わせても20人くらいしかいないのだから。日本から駆け付けたサポーターの他、ジャカルタの日本人会(ジャカルタに駐在している日本人とその家族)の人たちも多かったらしい。ちなみに、地元ソロの日本人会に正式に連絡が来なかったのが腹立たしい。

それはさておき、向かいのペルシク・ケディリ側のスタンドに目をやると、インドネシア国旗やカラフルなインドネシア人サポーターの旗?が並ぶ中に、あの日本語垂れ幕も掲げられている!白地に黒字のシンプルな幕だが、1日で垂れ幕を準備してくれたのだ!選手や他の日本人サポーターはあの垂れ幕に気づいてくれただろうか…?結局、注文者が誰だったのか分からずじまいだが、こんな小さな、人知れない好意が寄せられていたのだということを知ってもらえたら嬉しい。

この当時の記事がないかネット検索してみたところ、試合に出場していた鈴木啓太選手が「印象的だったのが、ペルシク・ケディリとのアウェー戦。そんなに大きな都市ではなかったし、スタジアムも小さかったんですけれど、スタンドはけっこうお客さんで埋まっていて、すごい熱気でしたね。インドネシアではサッカーが根付いていることを実感しました」と語っている記事があって(注)、我がことのように嬉しくなる。

余談:鈴木氏が小さかったと言うマナハン・スタジアムだが、当時はインドネシア3大競技場の1つ(他はジャカルタとプカンバル)と言われていた。スハルト大統領を迎えて、1998年2月―退陣の約3か月前―にオープンしたという代物だ。この試合は当初、ペルシク・ケディリの本拠地である東ジャワ州クディリ市のスタジアムで開催される予定だったが、グラウンドの状態が国際大会には良くないとされ、中部ジャワ州ソロ市のスタジアムに変更されたといういきさつがある。

注)https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201801230007-spnavi

11/16 ジャワ・セカテン祭 KBRI Tokyo参加
以下のイベントに参加しました。ランバンサリによるガムラン演奏やデワンダル・ダンスカンパニーによるジャワ舞踊の上演がありました。

インドネシア文化の集いのイベント
ジャワ・セカテン祭

2019年11月16日11:00~13:00
在東京インドネシア共和国大使館

20191116ジャワ・セカテン祭
12/8 能舞台で聴くガムラン 出演
ちらしに名前は出ていませんが、以下の公演に出演します。

公演名: 能舞台で聴くガムラン
日 時: 2019年12月8日(日)13:30開場、14:00開演
会 場: 堺能楽会館


料 金: 3000円(自由席)
主催・問合せ: 堺能楽会館
           TEL 072-235-0305
出 演: 
演奏… マルガサリ
舞踊… 佐久間ウィヤンタリ、冨岡三智


アクセス:
大阪府堺市堺区大浜北町3丁4−7ー100
南海本線・堺駅・南口から徒歩8分

内容は、前半は古典の大曲の演奏、後半は舞踊です。
ウィヤンタリさんはジャワ舞踊ジョグジャカルタ様式の舞踊曲
『アユン・アユン』を、私は自作の『陰陽 ON-YO』を踊ります。
実は生演奏でフルバージョンを上演するのは世界初演です。

陰陽 ON-YO
振付: 冨岡三智
音楽: Dedek Wahyudi
初演: 2002年 中部ジャワ州立芸術センター
     (Taman Budaya Jawa Tengah Surakarta)

↓クリックすると写真拡大します。
能舞台で聴くガムラン _blog
11/2-3 養老アート・ピクニック
11/5更新 公演プログラム、写真をアップしました。

養老アート・ピクニック
ガムラン・ノンストップ

日時: 11月2日(土)~3日(日) 
会場: 岐阜県・養老公園 芝生広場
ガムラン演奏: マルガサリ
協力: 情報科学芸術大学院大学[IAMAS (イアマス)]

20191104養老アート
出演者全員で2日目終了後撮影。1日目と違い、髪を下しています。

プログラム
★印ではガムラン演奏の助っ人としてクノンを演奏、第3部ではジャワ舞踊を踊りました。

10:30-11:30
★ Ldr. Agun-Agun, sl.M.
★ Gd. Siring kt.4 kr. minggah 8, pl.br.
★ Gd. Gambirsawit kt.2 kr. minggah 4, sl.9
★ Ktw. Gd. Boyong Penganten kt.2 kr. minggah ladrangan, pl.br.

12:15-14:00
★ Ldr. Babar Layar, pl.br.
・ ジョン・ケージ 『HAIKAI』(不参加)
・ イアマス楽団コーナー

14:00-16:00
・ 黒川岳 『ガムランニンゲン』
★ ジャワ舞踊 『Ldr.Pangkur』 by 岡戸香里
★ ジャワ舞踊 1日目 『Klana Alus Jungkung Mardya』
           2日目 『Golek Ayun-Ayun』
           by 佐久間ウィヤンタリ
・ ジャワ舞踊 『Ldr. Sri kuncara~Lcn.Gambuh pl.』 by 冨岡三智

私が踊ったのは既存の舞踊曲ではなく、演奏用の楽曲(もともと舞踊用の曲ではない)に、曲から受けたインスピレーションを元に振り付けたものです。

20191103養老アート2
踊り手3人で記念撮影

20191103養老アート1

20191103養老アート3

※写真は岡戸香里さん、佐久間ウィヤンタリさんより。



養老の滝で有名な養老公園で開催される養老アート・ピクニック2019のイベントで踊ります。

YoroArtPicnic2019blog.jpg

養老アート・ピクニック
プログラム: ガムラン・ノンストップ
日時: 11月2日(土)~3日(日)
     10:30~11:30, 12:15~14:00, 14:45~16:00
会場: 岐阜県・養老公園 芝生広場

料金: 無料 
私は、マルガサリの演奏会の中で、Ldr.Srikuncara~Lcn.Gambuhの曲に合わせ、伝統的な型で即興的に踊ります。

公式サイト➡ http://yoro-arts.com/
養老公園サイト➡ 養老アート・ピクニック2019 

●ガムラン・ノンストップ の内容
インドネシアの民族楽器ガムランを用いた多様な表現に取り組むマルガサリによる演奏会。小編成から総勢15名の大編成まで多様な構成で、時には穏やかに時には力強く、妙なる調べが公園を満たします。ジャワの古典音楽から現代の作曲家による作品、身体パフォーマンス、来場者の体験コーナーなど幅広い表現が、朝から夕方まで2日間に渡ってノンストップで繰り広げられます。

●養老アート・ピクニック の概要
日時: 11月2日(土)~3日(日)10:00~16:00
会場: 養老公園一帯(芝生広場、養老天命反転、こどもの国 地)
住所: 岐阜県養老郡養老町高林1298-2 
交通: 養老鉄道・養老駅から徒歩10分
     養老IC、養老SAスマートIC、大垣ICから各10~20分
概要: 多様なジャンルの体験型、気軽にアートを楽しむピクニック型のアートイベント
主催: 岐阜県
協力: 情報科学芸術大学院大学[IAMAS]