カラフルな村、都市空間と絵
一昨日、インドネシアの村がテレビで取り上げられていたと聞いたので調べてみた。番組は関西テレビの「世界の村のどエライさん」で、2月5日取り上げられたのがカンポン・ペランギだった。Kampung Pelangi (私だったらカンプン・プランギと綴るが。「虹の村」の意味。)

そのサイト: https://www.ktv.jp/doerai/180205.html によれば、半年前までスラム街だった地域が、村の中学校長の発案でペインティングを始め、SNSであっという間に世界中から観光客になったとか。

このKampung Pelangiは、中部ジャワ州・スマラン市・南スマラン区ランドゥサリKelurahan Randusari, Kecamatan Semarang Selatan, Kota Semarang, Jawa Tengahにあり、2017年4月15日からペイントを始めたという(➡参考記事①②)。

実はインドネシアでカラフルな村というのはここだけではない。参考記事③は、インドネシアにあるインスタ映えするカラフルな村10選の記事だ。10選のうち、ここでは東ジャワ州マラン市ジョディパンKelurahan Jodipan, Kota Malang, Jawa Timurにあるカンプン・ワルナ・ワルニKampung Warna Warni(カラフルな村の意味)とジョグジャカルタ特別州にあるカリ・チョデKali Code(チョデ川の意味)地区を紹介。どちらも元は川沿いの貧困者居住地域である。カンプン・ワルナ・ワルニはKampung Wisata Jodipan(ジョディパン観光村)が正しいようで、2016年9月4日に――ということはカンプン・プランギ発足の半年前に――マラン市の都市開発・観光事業としてオープンした。

それらよりずっと先行するのがチョデ川地域である。この地域で2011年に行われたプロジェクトに私は参加しているのだが、この地域は川沿いの貧困な村だった地域に神父が80年代から入り、大学などと連携しながら人々の生活改善を主導してきた。住民たちが木と竹で作ってペインティングした家々は、1990-1992期のAga Khan建築賞を授賞している(➡④)。ただし、インスタ映えを狙っての都市づくりではなかったので、カンプン・プランギやカンプン・ワルナワルニほど派手ではない。ちなみに、カリチョデ地域での私の活動は2011年2月9日~3月4日までのブログ記事(分類:API Fellowship)を参照。

このカリ・チョデ地域があるジョグジャカルタだが、スハルト退陣前の暴動で荒れた時期(1998年~)に、橋げたや都市の壁に絵を描く運動が盛んになった。州政府(確か)がペンキを提供し、芸大大学生らが中心になって、ヘイト落書きなどの上から様々な絵を描いたのだ。ちなみに、このプロジェクトの様子のビデオ記録があり、私が字幕翻訳している(➡⑤)。このように、絵画による公共空間の美化の歴史はインドネシアのジョグジャカルタではすでに20年くらいあるのだが、そこではあくまでも住空間における絵画であったように思う。カンプン・プランギなどは、町全体に色を塗ることが主体のようだ。観光政策の意味合いが大きくなったのは最近かなあ…と感じている。

参考記事
① 2017.5.12 https://travel.detik.com/domestic-destination/d-3495045/yang-baru-dan-unik-di-semarang-kampung-pelangi
② 2018.1.12 http://voinews.id/japanese/index.php/component/k2/item/137-kampung-pelangi
③  https://phinemo.com/kampung-warna-warni/
④ http://www.akdn.org/architecture/project/kampung-kali-cho-de
⑤  UCRCエスノグラフィック映像コレクション>インドネシア国立芸術大学ジョクジャカルタ校 記録メディア学部>2005年公開>ジョグジャカルタの壁画制作 http://ucrc.lit.osaka-cu.ac.jp/movie/isi/2005.html
2/3-4ガムラン実験公演
2月4日午後、一般公開ではなく実験用の演奏だったため予告しなかったが、大阪市立大学で団体・マルガサリの演奏があり、私も助っ人として(ゴング奏者)演奏に参加。Ldr. Pangkur Sl.manyura、Gd. Kinanti Jurdemung S;.manyuraの2曲を演奏。2月3日にリハ。リハ終了後、1駅隣りのあびこ観音へ皆と行く。市大の大学院に行っていながら今まで知らなかったのだが、あびこ観音は日本最古の観世音菩薩の寺院とされ、厄除の寺として特に節分の護摩祈祷は知られているそうな。
2018.02水牛「ジャワ舞踊の衣装(3)頭部の装飾」
高橋悠治氏のサイト『水牛』の
2018年2月」(水牛のように)コーナーに、
今月は「ジャワ舞踊の衣装(3)頭部の装飾」を寄稿しました。



ジャワ舞踊の衣装(3)頭部の装飾

前回まで上半身と下半身の衣装を説明してきたので、今回は頭部の装飾について。ジャワ舞踊では頭部の装飾には①イライラハン(髪型と冠が一体化した被り物)を被る、②鉢巻状のものや冠を頭に着ける、③結髪だけ、の3種類がある。

①イライラハンを被るのは物語のキャラクター設定がある場合、つまりはマハーバーラタなどの物語を演じるワヤン(影絵人形芝居)の人形の意匠を模倣した格好をする場合である。たとえば、女性だとスリカンディ、男性だとアルジュノなどのキャラクターの被り物を想像してほしい。それらは固い張り子で成形され、黒いビロードの布が貼られている。これは髪の毛を表しており、後頭部や頭頂部に向かってクルンと丸くなっているのは、髪をまとめ上げていることを示している。そして、頭部をぐるりと巻いている金色(またはカラフルな色)の部分がジャマン(冠)というわけである。ジャマンの部分はワヤン人形同様、水牛の皮から作られている。イライラハンはキャラクタに―よって、髪型の部分の形もジャマンの形も決まっていて、アルス(優形)であればジャマンの先は丸くなっており、ガガー(荒型)であればジャマンの先はとがっている。

irairahan-srikandi irah-irahan.jpg

↑左:正面から見たスリカンディのイライラハン
 右:サイドから見たスリカンディのイライラハン


②は宮廷舞踊で使われる。槍や剣の鍛錬をする兵士を描いた男性舞踊(ウィレン)や女性舞踊のスリンピでは、踊り手自身の髪の毛をまとめ、布から作られた鉢巻状の物(兵士用)や王女用の冠を頭に着ける。①と違って、頭頂部は全部覆われずに空いている。このような舞踊は物語を下敷きにしていない。民間舞踊でも、ゴレッはスリンピのスタイルを模倣しているので、スリンピと似た冠を被る。なお、スリンピやゴレッの冠だが、王宮では金属製のものが使われるが、民間(芸大なども)では水牛の革製で、つまりは①のジャマンと同じである。

jamang-golek.jpg
↑ゴレッの冠(化粧がものすごく薄い…)

③結髪のみというのは女性舞踊にしかないが、それは男性は正装では必ず頭巾を被るからだろう。宮廷女性舞踊のブドヨではグルン・グデ(大きな髷という意味)という髪型に結う。これは宮廷女性の正式の髪型である。ただし、『ブドヨ・クタワン』だけは花嫁の髪型に結う。また、スリンピ用にはカダル・メネッという結い方をする。余談だが、これは逆立ちトカゲという意味である。ポニーテールにした毛束の先を持ち上げて顔の周りに沿わせ、櫛で留める形状がそのように見えるらしい…。実は、スリンピの衣装は2種類あり、②冠を被っても③結髪をしてもどちらでもよい。しかし、冠を被る場合は上半身はコタン(肩を覆う上着)、結髪ならコタンかムカッ(肩を露出するコルセットのような上着)と決まっている。ちなみに、民間女性舞踊ガンビョンの髪型はブドヨと同じである。これは、かつて宮廷人の集まる場に呼ばれたガンビョンの踊り子が、その髪型をするように指示されたためだと私は聞いている。

カンティル
↑グルン・グデの結髪(実は本文では言及していないが、白いジャスミンの花で飾ると、同じ髪型だがバングン・トゥラッという名前に変わる…)

wayang pejabat
↑右の女性の髪形がカダル・メネッ。この写真はジャワで見た舞台公演のプログラム。




1/28インドネシア語講座のお知らせ
1/28加筆UP !
ちょっと粉雪がちらつきましたが、今月の講座も無事終わりました。今回は日本語がかなり堪能なインドネシア人(日本在住)の方も、日本語翻訳技術のブラッシュアップのため講座に参加されました。

●今月のデザート
五條市内で3軒しか手掛けていない、土耕栽培によるいちご「古都華」と緑大根(偶然ハート形のものがあったそう)と。コーヒー、ほうじ茶。

●今月取り上げた記事のタイトルは
①インドネシア銀行はインドネシアにおける支払い手段としてビットコインの使用を禁止
②ITS(11月10日工科大学)は電気自動車だけでなくスーパーカーをジョコウィ(※大統領のニックネーム)にお披露目、
③ジャカルタ海洋博物館が焼けた7要因
④4つのインドネシア独自という料理は実は外国由来だった
の4つです。いずれも新聞ネットニュースから話題を拾っています。

①は正式決定ではないようですが、インドネネシア銀行が強調しているとのこと。
②は、スラバヤ~モジョクルト間の高速道路開通式の時に、ITSが大学生のデザインした電気自動車やスーパーカーをお披露目したというニュース。このスーパーカーの名前:Lowo Ireng(黒いコウモリ) をめぐって、コウモリ談義となりました。フルーツコウモリ(codot)があまり良くないイメージなのに対し、蚊を食べるコウモリ(lowo)には俊敏で人間の役に立つ益獣というイメージがあるそうな。
③海洋博物館はオランダ時代から残っている建物。かつて東インド会社が香辛料の倉庫に使っていたとか。
④バッソ、ソト、サテ、ナシ・ゴレンといったインドネシアを代表する料理が実は中国やインド/アラブなどから伝来した食べ物という話。youtubeに上がっていたインドネシアのバッソ屋やソト屋のビデオを見ながら、インドネシアでの食べ方なども話題に上りました。

20180128イネ語_土耕栽培・古都華と緑大根

来月のインドネシア語講座ですが、2月半ばから1ヵ月間、大分県でインドネシア語研修の仕事がある為、お休みいたします。それから帰ってきた後の3月末頃に予定しています。

--------加筆ここまで。

ビジネス実践インドネシア語講座 

1月は下記の通り開催いたします。

日時:1月28日(日)14:30~17:00 
会場:五條 源兵衛(五條市新町通り)
   http://genbei.info/
   JR五条駅より徒歩15分、無料駐車場あり

費用:3000円(当日現金で支払い)

※ 源兵衛特製のデザート・飲み物付

基本的に、文法を順になぞるのではなく、インドネシアで最近話題になっているニュースを読みやすくアレンジしたものを読みます。完全解説付きの資料を御用意しますので、初心者でも参加可能です。また、日本語をもっと勉強してみたいインドネシア人の方の参加も歓迎しております。

教材とデザート準備のため、参加ご希望の方は前日夜頃までにメールボックスの方にご連絡下さい。

なお、レストランの昼食時間と夜の時間の間を利用して講座を開催しています。食事ご希望の方は直接、五條 源兵衛にご予約下さい。

源兵衛地図
日イネ国交樹立60周年
インドネシア・日本国交樹立60周年記念レセプション
RESEPSI PERINGATAN 60 TAHUN HUBUNGAN DIPLOMATIK RI-JEPANG

2018年1月22日(月)18:30~20:30
ヒルトン大阪 4階 金の間 にて
在大阪インドネシア共和国総領事館主催

ご招待を受けて出席してきました。写真を撮ろうと思っていたのに、知り合いの人に挨拶し、おいしい料理に舌鼓を打っていたら、すっかり忘れてしまいましたので、総領事館のサイトのリンクをあげておきます。

http://www.indonesia-osaka.org/ja/berita/2018/01/23/resepsi-peringatan-60-tahun-hubungan-diplomatik-ri-jepang/
ucapan selamat tahun baru/ greeting for new year / 年賀
Selamat Tahun Baru 2018 !
Semoga tahun ini lebih baik daripada tahun-tahun sebelumnya...
Happny New Year 2018 !
明けましておめでとうございます

~~~
Tahun lalu, saya mengunggah video-video (hasil proyek saya) di youtube sebagai berikut;
Last year, I uploaded my videos as follows:
昨年アップした公演ビデオ(私のプロジェクト)のリンクを上げておきます。

●tari Keraton Jawa 25 NOv.2017 di panggung NOH (teater tradisi Jepang) di Nara
performance of Javanese court dance on Noh theater on 25 Nov.2017
2017年11月25日 能舞台でのジャワ宮廷舞踊上演
https://youtu.be/Fy_SIfJpvWE

能舞台ブドヨ 年賀

●pentas wayang beber pada tgl.6 Sept.2008 di Shimane
wayang beber (scroll performance) performance in Shimane on 6 Sept.2008
2008年9月6日 島根県でのワヤン・べベル絵巻上演
https://www.youtube.com/watch?v=r5_3lFt1cso

●pentas kolaborasi tari Jawa dengan Iwami Kagura (seni tradisi Shimane) tgl. 8 Sept.2008 di Shimane
Collaboration of Javanese dance with Iwami Kagura (traditional performance in Shimane) on 8 Sept 2008 in Shimane
2008年9月8日ジャワ舞踊と石見神楽の共同制作

https://www.youtube.com/watch?v=OCsHP3W0pss (sambutan/greeting/挨拶)
https://www.youtube.com/watch?v=4g0yZY2jIUc (pentas/performance/公演)
https://www.youtube.com/watch?v=9jg4xSpPeDI (ucapan terima kasih/gratitude/御礼)

orochi061ブログ


●pentas "Srimpi Gondokusumo", tari Keraton Solo tgl.Nov.2006 di SMKN 8 Surakarta
dengan ISI Surakarta dsb.
performance of Javanese court dance "Srimpi Gondokusumo" on 26 Nov.2006 at Indonesian Art High School Surakarta. in corporation with Indonesian College of Arts Surakarta.
2006年11月26日インドネシア国立芸術高校スラカルタ校にてジャワ宮廷舞踊「スリンピ・ゴンドクスモ」公演、インドネシア国立芸術大学スラカルタ校他と共同
https://www.youtube.com/watch?v=5OTPv6ZwzVE

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●pentas "Srimpi Anglir Mendhung", tari Keraton Surakarta tgl.8 Sept.2012 di Shimane
dengan rombongan ISI Surakarta
performance of Javanese Court dance "Srimpi Anglir Mendhung" on 8 Sept.2012 in Shimane with Indonesian College of Arts Surakarta
2012年9月8日島根県熊野大社・庭火祭にて、インドネシア国立芸術大学スラカルタ校と共にジャワ舞踊公演「スリンピ・アングリルムンドゥン」
https://www.youtube.com/watch?v=emN8e9B_qkI

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●pentas "Bedhaya Pangkur", tari Keraton Surakarta tgl.28 Juni 2007 di Taman Budaya Jawa Tengah
dengan ISI Surakarta dsb.
performance of Javanese Court dance "Bedhaya Pangkur" on 28 June 2007 at Provincial Art Center of Central Java in cooperation with Indonesian College of Arts Surakarta
2007年6月28日中部ジャワ州立芸術センターにてインドネシア国立芸術大学スラカルタ校と共にジャワ宮廷舞踊公演「ブドヨ・パンクル」
https://vimeo.com/41615605

20070713030346.jpg
2018.01水牛「ジャワ舞踊の衣装(2)上半身の衣装」
高橋悠治氏のサイト『水牛』の
2018年1月」(水牛のように)コーナーに、
今月は「ジャワ舞踊の衣装(2)上半身の衣装」を寄稿しました。



ジャワ舞踊の衣装(2)上半身の衣装

昨年10月号で下半身の衣装を説明したので、今回はその続き。

ジャワ舞踊では下半身にはジャワ更紗(バティック)を巻く。…と10月号に書いたが、実は例外があることを書き忘れていた。それは宮廷舞踊ブドヨの場合である。ブドヨでもバティックを巻くことはあるのだが、儀礼性の高いブドヨではチンデというインド伝来の模様の布を巻く。現在のジャワではチンデといえば染めだが、本来は織りである。実はジャワ王宮では、チンデは貴族がその地位を示すために使われる。男性なら帯やズボン(バティックの下に穿く)身に着ける。女性舞踊でそのチンデを下半身に巻く時の上半身の衣装は、通常のバティックのサイズより縦も横も2倍大きいドドット・アグンというサイズの布に、森羅万象を示すアラス・アラサンという柄(森に棲む各種動物の柄)を金泥で描いたもの。結婚式の花嫁衣裳の姿でもある。宮廷でも「ブドヨ・クタワン」という、今でも門外不出の舞踊にしか使われない。それ以外のブドヨには、上半身にドドット・アグンのサイズのバティックを巻く。

・素材

宮廷舞踊のスリンピや、宮廷舞踊から発展したゴレック、あるいはワヤン・オラン(舞踊劇)の上半身の衣装は、ビロードの布に金糸や金コード、ビーズなどで刺繍したものだ。デザインには袖無しで前開きのコタンと、ビスチェのように肩が露出するムカッの2種類があり、スリンピにはどちらのタイプも用い、ゴレックではコタンを用いる。ビロードはどう見ても西洋風に見えるが、事実、イタリアで発明され、ルネサンス期に発展した素材だ。日本には南蛮貿易で伝来したことを考えると、ジャワ島に伝わったのも日本とそう変わらない時期ではないかと思う。伝統技法のバティックとの組み合わせは変に感じるが、バティックも発展したのは17世紀頃からと、ビロード伝来時期とあまり変わらないようである。当時の宮廷人にとってはどちらも最新の豪勢な素材で、宮廷の権威を示すにふさわしい素材だったのだろう。

一方、民間舞踊のガンビョンでは木綿に絞りを施した布を胴に巻き付ける。この布のことをクムベンと呼ぶ。絞りは世界各地で古代から見られる手法で、庶民が着用できる(安い)素材なのだ。アクセサリも豪華ではなく、その代わり、ジャスミンの花輪を首にかけ、ジャスミンやカンティル(モクレンの仲間、指先くらいの大きさ)を髪に挿す。実はガンビョンの舞踊では、このジャスミンの花を身に着けることが重要なのだと着付の師に教えられた。ガンビョンは本来豊穣祈願の舞踊なのだが、その踊り子たちが身に着けたジャスミンの花には病気を直す力があると信じられ、観客たちは欲しがったそうである。

・色

ジャワ舞踊では、上半身の衣装の色と腰に巻くサンプールという布の色の取り合わせがコーディネートで重要になる。特に舞踊劇ではキャラクターを表現する上で色が重要だ。たとえば、スリカンディはスラカルタ様式では赤色のムカッに青色のサンプールを組み合わせることに決まっている。赤い衣装は荒型用の色だが、スリカンディは女性ながら司令官として戦場に立つ女性なので赤色がふさわしく、赤×青のコントラストでキャラクターの強さを一層強調するのである。一方、優美なキャラクターを表現したり、曲の優美さを強調したりしたいなら、黒、紺、深緑、深紫などの落ち着いた色のビロードの上着に深い色の緑色やマゼンタ色のサンプールを合わせるのが良い。黄色やオレンジ色のサンプールは舞台映えするが、キャラクターがついているので、宮廷舞踊には合わないと私の着付の師匠は言う。また、日本人だと紫色の上着にはピンク色をコーディネートしたくなるが、ピンク色はジャワではほとんど見ないように思う。どうも、ジャワ人にはピンク色は煽情的な色に見えているのではないかと感じている。

ジャワでは特定の色の組み合わせに名前がついていることがある。一番有名なのはパレアノムと呼ばれる若い緑色×黄色の組み合わせだろう。これはマンクヌガラン王家の旗印の配色である。ちなみにパレは苦瓜、アノムは若いという意味。だから、同王家が振り付けて有名になった作品「ガンビョン・パレアノム」では、緑色のクムベンに黄色のサンプールを合わせる。
年賀
初春のお慶びを申し上げます
本年もよろしくお願い申し上げます

能舞台ブドヨ 年賀

昨年は、主宰する岸城神社でのジャワ舞踊ガムラン音楽奉納公演も9年目、開講しているビジネス実践インドネシア語講座(会場:五條 源兵衛)も4年目、音楽家・高橋悠治氏のサイト『水牛』でのジャワ舞踊などに関するエッセイ執筆も15年目を迎え、また長年の夢だった能舞台でのジャワ舞踊上演(11/25)も実現し、充実した1年となりました。また、今年4月からは非常勤講師として大学で「アジア文化論」やインドネシア語を教えることになりました。今まで通り、企業でのインドネシア語講師や通訳・翻訳のお仕事も続けますが(このこと、このブログではほとんど書いておりませんでしたが…)、ジャワ舞踊に、インドネシア語に、活動を続けてゆく所存ですので、よろしくお引き立てのほどお願い申し上げます。

平成30年戊戌元旦
冨 岡 三 智



昨年のジャワ舞踊上演

7/29「インドネシア伝統舞踊の会」
場所:奈良市中部公民館イベントホール
ブログ記事➡ http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-date-201707.html
映像➡ https://www.youtube.com/watch?v=Fpb6W17GXs8

10/15 第9回 ジャワ舞踊・ガムラン奉納公演(主催公演)
場所:岸城神社(岸和田市)
ブログ記事➡ http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-898.html

11/11 ワールド・フェスティバル天理
場所:天理駅前広場コフフン
ブログ記事➡ http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-896.html

11/25 日本アートマネジメント学会第19回全国大会
関連企画「能舞台に出会う」
場所: 奈良春日野国際フォーラム 甍
作品名: 「ブドヨ ~天女降臨~」
ブログ記事➡ http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-897.html
『水牛』記事➡ http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-903.html
映像➡ https://youtu.be/Fy_SIfJpvWE
12/16ビジネス実践インドネシア語講座
12/16 加筆
年内最後の講座、終わりました。
本日のデザートの写真をアップします。

20171216インドネシア語講座デザート源兵衛

いつの間にかリンゴの季節となりました。本日のデザートは市内産のリンゴの蜜漬け。葉はソレルの一種だとかで、やや酸味があります。そこに酸味のあるインドネシア産のトラジャコーヒーを合わせてくださいました。

デザートもさることながら、今回の目玉は源兵衛さんが参加された先月のシンガポールへの柿PR使節団の話。いろいろと勉強になりました!

そして講座の内容ですが、今回はリクエストによりビジネスメールの読み方をやりました。

来年は1月28日(日)の開催を予定しています!



2017年最後の講座です。今年は仕事、公演、台風で後半はかなり飛んでしまいました。なお、この日、五條 源兵衛さまは昼はお休み(夜の予約の準備のため)となっております。講座は、昼と夜の営業時間の間に行っていますが、昼食を兼ねてご来場…ということは今度はできません。悪しからずご了承ください。

最新のインドネシアの話題に触れましょう。全然知らなくても解説をご用意しますのでご心配なく。

ビジネス実践インドネシア語講座
2017年1月29日(日)14:30~17:00
レストラン 五條 源兵衛 (奈良県五條市新町通り) にて
アクセス:JR和歌山線五条駅徒歩10分、無料駐車場有
     http://genbei.info/

●今月の教材内容
決定次第情報アップします。

●参加費: 3000円(当日現金でお支払下さい)
     遠方参加者歓迎!そのために低料金実施中。

●源兵衛特製の茶菓子付 
写真は7月のお菓子です(まくわ瓜、プリンスメロン、ブルーベリー)

イネ語2017年7月源兵衛菓子


今月のトピック:
決定次第、アップします。

参加費: 3000円(当日現金でお支払下さい)
     遠方参加者歓迎!皆様、市外/県外からの参加です。

※ お菓子と教材(解説つき)プリントの準備がありますので、出席ご希望の方は前日夜中までにメールフォームからメールをお願いします。
2017.12水牛「能舞台に舞うジャワ舞踊」
高橋悠治氏のサイト『水牛』の
2017年12月」(水牛のように)コーナーに、
今月は「能舞台に舞うジャワ舞踊」を寄稿しました。

以前投稿している舞台写真やビデオも併せてご覧ください。
舞台写真1 http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-900.html
舞台写真2 http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-902.html
衣装写真  http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-901.html
舞台映像  http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-899.html

私のエッセイのバックナンバーはこちら→ 冨岡三智アーカイブ
※ 2002年11月から同サイトに寄稿しています。




能舞台に舞うジャワ舞踊

冨岡三智

去る11月25日に奈良春日野国際フォーラム「甍」能楽ホールでジャワ舞踊を上演する機会を得たので、今回はその話。この上演は日本アートマネジメント学会第19回全国大会の関連企画「能舞台に出会う」の一環で、能舞台の魅力を引き出すというのがテーマだった。私自身、能舞台でジャワ宮廷舞踊を舞ってみたいという希望を長らく持っていた。能をインドネシアで紹介する事業を実施した(水牛2007年2月号参照)のも、両者の空間感覚に通じるものを感じていたから。今回その希望がかない、しかも学会のサポートもあって照明の使用などをホールに認めてもらうことができたのを嬉しく思う。

20171022_140306 ブログ用
奈良春日野国際フォーラム「甍」能楽ホール

●『ブドヨ〜天女降臨〜』

これは今回の私の上演題目で、ジャワ宮廷女性舞踊『スリンピ・アングリルムンドゥン』の前半を1人で舞った。スリンピは4人の女性による宮廷舞踊、ブドヨは9人の女性による宮廷舞踊の種類で、演出や衣装が異なる。この曲は今ではスリンピだが、本来はブドヨとして作られた。振付やステップにブドヨの儀礼的な性格を色濃く残しており、かつ、ブドヨとしても最も古い時代のもので、演目としても「重い」。だから、今回はブドヨとして扱い、ブドヨの衣装であるドドット・アグンを着た。

能舞台で上演するならブドヨだと決めていたのだが、それは、ブドヨの起源が神代に天女が天界の音楽にあわせて舞ったことにあるとされているから。鏡板の松に降臨する天女が舞うとすれば、それはやはりブドヨだろう。ジャワの王はブドヨ上演を通じて王国の安寧を祈念する。それらの点が、天界の調べにのせて国土の繁栄を祈念しつつ、宝物を降らせながら昇天していく『羽衣』の世界に通じるように感じる。

ジャワ宮廷舞踊は四方舞であり、大地を踏むステップが多いブドヨには特に呪術要素が強い(水牛2004年4月号参照)。能と言えばその摺足歩行が注目されるが、たまに床をドンと踏みしめる音に私は惹きつけられる。ジャワ宮廷舞踊にも、床を踏み鳴らすステップがあるのだ(その音からドゥブゥッと呼ばれる)。このステップは民間舞踊にはなく、宮廷舞踊を特徴づけるものになっている。

●柱と床

ジャワ宮廷の儀礼舞踊は、プンドポと呼ばれる壁のない建物の中央の、四本の柱で囲まれたホールのような空間で上演される。この4本の柱(ソコ・グル)は高い屋根を持つ建築全体を構造的に支えているだけではなく、日本の「大黒柱」という言葉のように徴的な意味合いを持つ。4本の柱が四方:東西南北を象徴するとされるのは能舞台と同じである。高い屋根の梁には祖霊神が棲んでいるとされ、4本の柱は天と地=プンドポの四角い空間を垂直につなぐ。ジャワ王家ではソコグルは1本の巨木を4分割して採られるが、それは、世界は結局1つの軸でつながっていることを示しているかのようだ。ソコグルの柱の中には布で覆われ、供物が置かれているものがあるが、それはその柱に霊が宿っていることを示す。

能舞台とプンドポの空間感覚には通じるものがあると前に言ったけれど、少し違う部分もある。プンドポでは柱が重視される一方、能舞台では床面の方が重視なのではないかと今回感じた。舞台上では必ず白足袋を履くのも、床面の保護という物理的な理由以上に、清浄さを尊ぶからのように感じられる。ちなみに、プンドポの床面は王宮なら大理石である。そして、本来なら裾にバラの花びらを巻き込んで舞う。だから、裾を蹴り出すたびにバラの花びらがこぼれ舞い散って、まるで散華のように見えるのだが、日本だと能舞台でなくても室内でこの演出をするのは難しい。

能舞台の床面は想像以上に滑らかで、体重をかけると自然と滑り出してしまいそうだ。この床上で『安宅』や『石橋』のような激しい動きができることに驚く。ケンセルという横に滑る動きが、何のひっかかりもなく流れていく。もちろん、それは足袋を履いているからこそだが、長く引きずる裾(ジャワ舞踊の衣装)に載って滑る(無論、そんなことはしてはいけない)よりも、よく滑る。橋掛かりを退場する時に客席の方を向いてケンセルしたのは、天空を滑るような感覚が表現できそうに思ったからだった。

その橋掛かりだが、実際に見える以上に遠いと感じた。実際に歩いた時間は揚げ幕を出てシテ柱まで1分、そこから舞台中央前方まで30秒であり、ジャワ宮廷舞踊の上演時には5〜8分くらい入退場に時間をかける私にとっては、時間的に長いわけではない。けれど、思った以上に橋掛かりから観客も舞台も遠く、違う世界から1人で舞台に上陸していくという感覚が確かにあって、少し怖さを感じた。

●照明

今回の舞台で私がこだわったのは、地明かり以外に照明器具を持ち込むことだった。能では〜ジャワ宮廷舞踊でも同じだが〜、舞台全体をフラットに照らした中で上演し、スポットライトなどオプションの照明を使うことはしない。そこに、見せるための舞台芸術(ジャワで言うトントナン)ではないという古典芸能の矜持を強く感じる一方、世阿弥なら使ったかもしれない…と、不遜にも思うのだ。私は2007年にジャワでブドヨ公演をしたときにも照明を使ったことがある。舞踊の振付を分析すると、当時の演出家も照明やズームカメラ(映像なら)など様々な技法を使いたかっただろう…と確信できる点があったからだが、賛否両論の反応があった。今回も賛否両論あるだろうな…とは覚悟している。

今回照明をつけたのも、第一に振付自体に陰影を感じさせるものがあるからだが、第二に、空間的、雰囲気的(神秘的だとか)な奥行を作り出したかったからである。地明かり照明は舞い手の姿をはっきり見せる一方、空間をフラットに見せてしまう。しかし、能が描くのは幽玄な空間であり、ゆがんだ時空の裂け目に顔を出す非日常の世界なのだから、現代のような舞台技術があれば世阿弥もそれを利用するのではないか?と私には思えてしまう。

私は橋掛かりを通る時に鏡の間から一筋のように光を照らしてもらい、また、舞台にいる時は遠く上手から一筋の光を投影してもらった。このような使い方は意外だったようである。実のところ、私が照らしたかったのは自分自身ではなくて床だった。私は平面的な世界に影を落とす存在(天女だけど)として舞台に登場したかった。能舞台では柱よりも床が重要なように感じると前述したけれど、光が差し込み、地面で照り返し、それが対象物に当たって影ができてこの世が切り開かれていくような空間が能舞台には合うのではないかな…と私には思えた。それが成功しているか失敗しているかは見た人の判断によるのだけれど、少なくとも私自身が見たいと思う能舞台空間を演出しようと思ったことは間違いない。伝統芸能の舞台でも、演者の技量だけでなく空間自体を見せることを考えても良いのではないかと思っている。

https://youtu.be/Fy_SIfJpvWE

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