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API カントリーワークショップ
第9回API 国内ワークショップ
2014年5月10-11日 
コープイン京都

今までは3月初めに開催されていた毎年のAPI 国内ワークショップ、今年はもう新規フェローを採用しないということで、新規フェローの紹介がなくなり、時期も5月になりました。時候の良い時期に京都にいて、会議室にこもっているというのが、いかにも残念!
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3/2-3 API国内ワークショップ
第8回API 国内ワークショップ2013年3月2~3日
ハートンホテル京都にて


恒例の、API Fellowsの集まり。
マレーシア料理
API Projectのあったタシック・チニ(チニ湖)はパハン州にあり、オランアスリという先住民が住んでいる。ここの料理はとても辛いそうで、マレーシアのプロジェクト・スタッフは辛さ控え目にしてほしいと頼んだという。

APIは日本、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンの5カ国のフェローから成るのだが、この中でもフィリピン人が辛さに弱いのだ。見たところ、マレーシア人もあまり辛い料理を食べないみたいだ。私がクアラルンプールのホテルで食べた料理は、カレーでもなんでもマイルドな味だった。「Michiは辛いのが大丈夫なのね…」と他の国のフェローに言われたくらいだ。

チニ湖のホテルでは比較的マイルド味だったのだが、初日夜に地元民と一緒に料理したときのこと、料理用に用意された唐辛子の量を見て絶句、皆で使用料を半分に減らしてもらうよう頼む。それでも、バナナの花を蒸したもの(jantung pisang、バナナの心臓の意味)や、小さい生のハスの葉っぱにつけて食べるソースは、私でも口が曲がるくらい辛かった。あの唐辛子を全部使っていたら、とうてい耐えられる辛さではない。しかし、このバナナの花とか他の野菜とか、臭いのきつい野菜料理が、この辛いソースをつけて食べると、ほとんど気にならないから不思議だ。生活の知恵なんだろう。

**

別の日に、オラン・アスリが住む村でピナンという実を食べさせてもらう。ピナン=ペナン、つまりペナン州の地名の由来となった木らしい。この木の実を生で食べるというのに驚くが、それだけで食べるとものすごく「いぐい」(私の地域の言葉で言うとそうなる)。口の中にえぐみ、渋みが残る。その時にシリーの葉っぱをくれて、これも一緒に食べると良いというので一緒に口に入れると、不思議なことにさっきの渋みが消えて、マイルドな味になる。シリーは、噛みタバコ(びんろうじゅ)を包む葉っぱだ。もしかして、噛みタバコはまだ試したことはないが、シリーで包まなかったらひどい味なのかも。
サラワク&地震 よもやま話
4/20夜は、同じAPI Fellowで現在マレーシアで調査員をしているMさんの家に泊まらせてもらう。
タシックチニでのプロジェクトの様子について話したり、また彼女はもともとサラワクで調査していた人なので、いろいろサラワクの話で盛り上がる。

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私がクチンに着いた日(4/17)に、空港から市内にかけての道沿いに青地に秤マークの政党旗がずらっとはためいていて驚く。迎えに来てくれた人に聞いたら、昨日、州議会選挙があったばかりで、この旗は与党のものらしい。その旗は市内で全然見かけなかった。その話をMさんにしたら、空港の辺りは与党支持、市の中心部は野党支持なのだそうだ。

このサラワク州は入国審査もあるように、マレーシアとは違う独自の国という意識が非常に強いみたいだ。学校の先生の話の端々からも、ヌグリ(国)という語が出るが、文脈から明らかにそれはマレーシアではなく、このサラワクを指している。芸術方面の人だからよけいにそうなのかもしれない。

それに、この地域はクアラルンプールより華人が多そうだ。中国語の看板も目立つ。空港から市内に行くときに「不要回教国 ○○○○○」(すぐに通過したので○…部分は読みとれず)という看板が出ていてぎょっとする。マレーシアの国教はイスラムなのに!それでまた迎えの人に聞いてみたら、政治家の中には、道路を歩くにも男女別を徹底すべしというくらい過激なイスラム思想の人もいるので、そういうようなイスラムの国になるのはごめんだ、という意味らしく、イスラム全否定というわけではないようだ。この看板、写真に撮っておきたかったなあ。その看板の話にも、Mさんはびっくりしていた。

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地震の話になる。Mさんはお姉さんが関東にいるとかで、大変心配していたみたいだが、ここでは正確な情報が伝わってこなくて困る、特にアメリカのCNNは非常に恐怖を煽るような報道で信用できない、とのこと。私がKLで見た、4/7の地震ニュースもCNN放送だったので、同意。過剰に言う割には肝心の情報がないと、私もそのときに感じた。一番冷静な報道は英国のBBC放送だったと彼女は言う。

サラワクのホテルでも、現地の中国語新聞の国際版のトップのほぼ3/4面が地震というか被災した原発のニュースだった。だいたい紙面の1/3は枝野官房長官の話と彼の写真、その下に、枝野さんの記事の1/3~1/4くらいの大きさで菅総理の記事(写真も枝野さんより小さい!)、その下に原発の写真と記事…。ここでも総理の影は薄い。
ヤマアラシの肉
チニ湖畔での調査の最初の日、現地の人とのコミュニケーションを図るため、クンドゥリという、簡単にいえば町内のみんなで集まって調理し、一緒に食べる会をする。現地のおばさんたちの指図に従って、私たちも手伝う。この日用意してくれた料理の最後に出てきたのが、ヤマアラシの肉。ちなみにマレー語でlandak、英語でporcupineという。まさか、こんな単語を覚える日が来ようとは…。初めは何の肉だか分らなかったが、山に住んでいて、体に針があって…というので、ああ、ヤマアラシかと分かる。そのときに、マレーシアのスタッフの1人が、「ほら、ピカチュウみたいな動物!」と言うので大爆笑。ピカチュウの知名度はなんて高いんだろう。でも、ピカチュウって、ヤマアラシがモデルなんだろうか…。

タシック・チニにて
APIのプロジェクトはチニ湖(タシック・チニ)湖畔にて、パーム椰子などのプランテーションによる自然破壊(自然林の消滅、水質汚染、生態系の破壊)、先住民族オランアスリの政治と文化の問題などについて学ぶという趣旨。(分かりやすく強引に言えば)

延々と続く、プランテーションのパーム椰子林というのは、なんだか不気味さを感じさせる。そういえば昨年クアラルンプールからマラッカに行ったときも、延々とパーム椰子林の間を抜けて行ったことを思い出す。
パーム椰子を植えたことで、湖の水質が悪くなり、外来種のエコール・クチン(猫の尻尾という意味)という藻が水中に生い茂り、○○(名前失念)という、汚染された所にしか生えない、丈の高い水草があちこちに群生し、かつてハスが咲き乱れることで有名だったこの湖から、ハスがかなり消えてしまったという。(今は時期外れ)

このチニ湖畔での調査は終わって、4/15の午後にクアラルンプールに戻る。ひどい土砂降りに雷で、えらく寒い。そういえば来たときも天気は悪かったなあ。

今日4/16でプロジェクトは終わり、4/17解散、それぞれ帰途につくのだが、私ともう一人、フィリピンの演劇人は、サラワクのクチンという町にある芸術系の学校でワークショップを頼まれていて、明日発つことになっている。アレンジしてくれたAPIフェローの人は、今日、一足先に現地入りし、明日空港に迎えに来てくれる予定。

4/20夜にまたクアラルンプールに戻ってきて、4/21インドネシアへ発つ予定。


4/7-17 APIプロジェクト
昨日書き忘れたが、マレーシアに来たのは、API Regional Project(日本財団のAPI Fellowship受給者OBたちで行うプロジェクト)に参加するため。

朝からホテルでガイダンス。

昼3:00にホテルを出て、バスでプロジェクトの行われるチニ湖Tasik Chiniに向かう。
中途半端な時間に出たのは、今日金曜で、金曜の昼のお祈りが終わってからということだった。
インドネシアのジャワでは金曜の大礼拝は11:30~13:00頃に行われるが、ここマレーシアでは13:30~15:00なのだ。本当はマレーシアはジャワより30分くらい遅れている感じでちょうどいいのに、金融市場に合わせる都合で、ジャワより時差が1時間早く設定されている。だから、ここマレーシアでは夕方7時半過ぎになってやっと暗くなる(ジャワでは午後6時過ぎころに暗くなる)。

夕方6時にトイレ&お祈りの休憩。ジャワなら3時半にするお祈りが、ここでは夕方6時にする。

夜10時過ぎに到着して夕ご飯。
2/20カリチョデ公演
APIリージョナルプロジェクトの有終の美を飾る(?)公演の日。
19:00~Jogoyudanにて。
1. 開催の辞
2. 地元からの演し物(イスラム歌唱、子供の歌)
3. APIフェロー樅山智子さんチームのコラボレーション音楽"Code Purnama Hatiku"
4. APIフェロー私のチームの作品"Spirit of Kali Code"。


ジョゴユダンは、市内のチョデ川流域で最も洪水の被害がひどかった地域で、マリオボロ通りのちょうど裏手にある。ムラピ山の噴火(2010年11月)による火山泥流が川に流れ込んでチョデ川の川床は1.5mも上昇し、折からの雨季で増水した水があふれて洪水になったのだ。

ジョゴユダンではモスクの前に舞台を設置したのだが、主催者の要望が伝わっておらず、階段が1つ足りない上に、舞台裏で移動できるスペースもない。舞台のすぐ後ろは小屋にくっついていて、その小屋の裏手は川べりの水路でちょっと低くなっている。そこで地元の人は、堤防に積んでいた土嚢を下ろして階段を作り、水路に並べて舞台裏の通路を作ってしまった。洪水地域ならではの舞台設備だが、今この瞬間に洪水が起きたら、私たちまずいのでは…。

土嚢の階段  土嚢の通路



私のチームの作品は、ワヤン・べベル(絵説き、ワヤン:影絵の元になった)にヒントを得た「ワヤン・ルキス」(ルキスは絵画の意味)とも言うべきものと、舞踊と音楽のコラボレーション。かつては人と自然が共存していたが、その美しかった自然(ムラピ山、チョデ川)が、愚かな人間の行為によって汚されてしまう。最後に善悪を象徴する神が登場して戦い、勝った善の神が人間の愚かさを指摘し、人間が反省するという筋立て。ワヤン的な筋立てであるのは、もともとワヤン・べベルを念頭においていたからというのと、ジャワの人たちに馴染みのある形態で上演したかったから。特に今回のターゲットはあまり裕福でない地域の、しかも一般住民たちだから、彼らに伝わりやすいことを重視。

私は善の神で白い衣装を着ているのだが、私を見た人は皆、ラトゥ・キドゥル(南海の女神)の役だと思ったみたいだ。実は、自分自身では全然そう思っていなかったので、びっくりする。

michi.jpg


舞台の展開は次のような感じ。

プロローグ。舞台の中央に白いキャンバスが置かれ、ムラピ山の噴火を撮ったビデオ映像がそのキャンバスに映し出される。

平和なシーンが、子供の遊び歌(ドラナン)、男女の舞踊と芝居で描かれ、それらのシーンの間に、画家が舞台に現れ、キャンバスにムラピ山の美しい情景が即興で描かれる。ちなみにこの画家はプロ。この間10分。この時はスンダ音楽(録音)をBGMに、ダラン風の語りが入る。彼はダランとして、観客ではなく、絵の方を向いて語る。この人は結婚式などのMCをよくしている人。このダランが入ることによって、単なる「舞台で絵画パフォーマンス」がワヤンになる。

画家が再び舞台に登場すると、今度は前に描いた絵を上から汚し、汚された自然を表現する。ラクササ(羅刹)が登場。怒れる自然。逃げまどう村人たち。

そこに善悪の神が表れ、戦いの後、善の神が人々に呼び掛ける。ここで私の台詞。声を出すのが嫌だったのだが、仕方がない。こんな台詞↓

愚か者(日本語も一部に使って欲しいと言われて)。
Semua terjadi karena kesalahan manusia.
All were caused by stupid human beings (英語。他の外人APIフェローにも意味が分かるように).
Sampah dibuang di sungai. Pohon ditebang seenaknya.
Raksasa adalah kemarahan alam.
Tetapi, tidak terlambat.
Bersatulah dengan Alam.
Bersahabatlah dengan Alam.
---
Insung nyuwun pamit.(ジャワ語。「これで失礼する」の意味。絶対ジャワ人は嬉しく思うからと言われ…)


最後に、作品メモ

舞踊、音楽、民俗芸能、ワヤン・ルキスによるコラボレーション作品
「スピリット・オブ・カリチョデ」

コンセプト: 冨岡三智
主な出演団体…① Sanggar Seni Gita Gilang(舞踊団体、代表:Sugita)
② Paguyuban Seni Srandul "Surya Arum"(スランドゥール芸能、代表:Haryadi)
演出・舞踊振付: Sugita
舞踊: ①より大人10人、子供12人
音楽: Fajar Sri Sabdono(ISI Yogya学生)
演奏: ②より10人
芝居: ②より3人
ダラン: ②より1人
絵画: Suharmanto
2/5ムラピ山水源の川
2/13-22 API リージョナル・プロジェクト・インドネシア
日本財団のAPI Fellowshipのポスト・フェロー・プログラムに従事。たまたま大学の派遣で滞在しているジョグジャ市内で開催される。チョデ川Kali Code流域のコミュニティの人と自然、ローカルの知恵を学ぶという趣旨。


2/15 ムラピ山噴火後の状況を視察。

●ムラピ山国立公園事務所で、噴火の被災状況について説明を聞く。
ムラピ山国立公園

●ボヨン川水源地
公園事務所の人の案内で、チョデ川上流(ボヨン川と名を変える)の水源地帯を見に行く。噴火したムラピ山の火山泥流lahar dinginが流れた跡。ムラピ山から6kmの地点。

湧き出した水は再び地下に潜るので、この辺りでは地表に水は見られない。地表は火山泥流に削られた跡が生々しい。ごろごろした岩石はムラピ山噴火の際に吹き上げられたもので、元からあったものではない。今ある岩はそんなに大きくないが、その時はもっと大きな岩も転がっていったという。地面や川沿いの崖が削られ、熱い泥流に触れて炭化した木片が転がっている。正面の、雲で半分隠れた山がムラピ山。
ボヨン川水源

●ボヨン川をさらにさかのぼると、地下に潜る前の水が地表を流れている。
ボヨン川水源の水

●クニン川流域
ムラピ山噴煙の熱風awan panasで立ち焼けた(というのかな?)木と、廃墟となった国立公園の事務所の建物
クニン川国立公園

●下にクニン川を望む。国定公園に指定されている風光明媚な土地の緑が消えている。ここで植樹をする。インドネシアの人たちもここに観光に来て惨状を見、植樹していく。
クニン川

●熱風で焼けたバイク、駐車場にて。
焼けたバイク
APIのカリ・チョデ・プロジェクト報道
私も参加するAPI Fellowship(日本財団)の、ジョグジャカルタ・チョデ川流域でのプロジェクトに関する報道記事です。

2011年2月9日コンパス紙
http://regional.kompas.com/read/2011/02/09/21520294/Empat.Negara.Studi.Banding.di.Kali.Cod

Empat Negara Studi Banding di Kali Code

Editor: Benny N Joewono
Rabu, 9 Februari 2011, 21:52 WIB


foto kalicode-dari kompas

Kompas/Ferganata Indra Riatmoko
Aliran Lahar Dingin Mencapai Kali Code - Warga membekali diri dengan jaring untuk menangkap ikan yang lepas dari keramba akibat gerusan lahar dingin dari Gunung Merapi di Kali Code, Kampung Jogoyudan, Kelurahan Gowongan, Kecamatan Jetis, Yogyakarta, Kamis (4/11/2010). Lahar dingin yang mengalir sampai Kali Code mengakibatkan kerusakan pada puluhan keramba ikan milik warga yang dipasang di sungai tersebut.


YOGYAKARTA, KOMPAS.com - Empat negara yang terdiri atas Thailand, Jepang, Filipina dan Malaysia akan melakukan studi banding di kawasan Sungai Code Yogyakarta pada 13-22 Februari 2011.
"Hasil studi banding itu selanjutnya akan digunakan sebagai elemen perencanaan kawasan Code ke depan," kata Ketua Pemerti Code, Toto Pratopo usai bertemu Gubernur DIY Sri Sultan Hamengku Buwono X di Yogyakarta, Rabu (9/2/2011).
Menurut dia, momentum itu merupakan waktu yang sangat tepat pascabencana erupsi Gunung Merapi untuk secara serius menata kawasan Code ke depan, termasuk adanya pembentukan kelembagaan multi pemangku kepentingan yang bisa menangani kawasan tersebut.
"Untuk penataan Code ke depan diwacanakan ada semacam komisi Ad Hoc. Selama ini wacana tersebut sudah digulirkan karena dari sisi undang-undang belum ada aturan yang memungkinkan untuk penataan Code," katanya.
Ia mengatakan, kegiatan awal penataan kawasan Code telah berlanjut pada pemetaan dan pemotretan dampak bencana untuk membuat perencanaan partisipatif.
"Konsep itu pada 21 Februari 2011 akan dipresentasikan ke Gubernur DIY, agar penataan kawasan Code dengan dasar komunitas," katanya.
Dalam jangka panjang, menurut dia, hal itu bisa mengarah pada pembentukan kegiatan pariwisata di Code sebagai bentuk akses untuk melihat dinamika yang terjadi di perkampungan, yakni pengentasan warga miskin melalui akses tersebut.
Ia mengatakan, kawasan yang direncanakan untuk ditata ulang itu terdiri atas 15 titik lintas kabupaten dan kota mulai dari wilayah Plemburan hingga Wirosaban.
"Kelanjutan dari penataan kawasan Code itu juga akan kami wacanakan untuk pembentukan peraturan daerah mengenai permukiman di pinggir sungai," katanya.
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