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お知らせ ガムラン楽器製作者のフェスティバル@スコハルジョ
中部ジャワ、ソロの郊外にあるスコハルジョ県にて、11/29に
ガムラン楽器メーカーのフェスティバルがあります。
プレスリリースが下記の通り届いていますのでお知らせします。

ソロ様式のガムラン音楽の楽器は、だいたいスコハルジョで
作られています。

Gamelan Maker Festival (Festival Pembuat Gamelan)
Sukoharjo, 29 November 2009


A. Latar belakang(背景)
Kabupaten Sukoharjo (sebelah selatan Kota Solo) merupakan kawasan berbasis industri dan pertanian yang menyimpan sumber kekayaan mata air seni tradisi yaitu karawitan, ketoprak, wayang kulit, wayang orang, musik lesung, pembuatan gamelan dan lain-lain. Salah satu sumber mata air tradisi yang telah mendunia, tapi kurang disadari dan dikenal oleh masyarakat Sukoharjo sendiri adalah seni pembuatan gamelan, yang justru menghidupi perkembangan seni gamelan di nusantara dan mancanegara. Para pembuat gamelan Sukoharjo tersebut sebenarnya sudah memberikan kontribusi value pada sejarah musik nusantara dan perkembangannya.
Saat ini ada 19 ahli pembuat gamelan yang berada di kawasan Kabupaten Sukoharjo. Bahkan kalau dibuat peta distribusi karya-karya mereka akan kelihatan bahwa karya mereka sudah lintas-batas secara internasional (internationally transculture). Namun yang perlu dipikirkan bersama adalah bagaimana pelestariannya di masa depan. Berdasarkan hal itu, perlu diadakan agenda budaya ‘Gamelan Maker Festival’ pada 29 November 2009, di lapangan Desa Kotakan, dalam suatu event yang menampilkan proses pembuatan gamelan yang dilakukan oleh lima orang empu pembuat gamelan, yaitu Saroyo, Pardiyo, Suparno (Wokching), Saleh Sutomo dan Dasah Pujo Suwarno, dari Kahupaten Sukoharjo dan beberapa pentas karawitan.
Program ini bertujuan: (1) untuk pelestarian seni pembuatan gamelan, yang kini tidak kita sadari bahwa jumlah pembuat gamelan masih sedikit jumlahnya dibanding pemain gamelan (seni karawitan); (2) agar masyarakat Sukoharjo menyadari, peduli dan mencintai potensi local genius-nya (kearifan lokal), Bahwa sebenarnya Sukoharjo sudah berperan dalam seni pembuatan gamelan baik secara nasional maupun internasional, (3) meneguhkan Kabupaten Sukoharjo sebagai kawasan sumber tradisi seni pembuatan gamelan dan terbuka untuk disaksikan masyarakat Kabupaten Sukoharjo dan di luar Kabupaten Sukoharjo,

B. Waktu & Tempat
日時: 2009年11月29日(日)朝     
場所: Lapangan Kotakan RT 09/RW VI, Desa Bakalan, Kecamatan Polokarto,
     Kabupaten Sukoharjo Jawa Tengah

C. Acara(プログラム)
Minggu, 29 November 2009, pagi hari
pk. 04.30 – 05.00 : pentas musik gamelan menyambut matahari terbit.
       (朝日を迎えるためのガムラン音楽公演)
pk. 07.00 – 08.00 :
Pembukaan
- Konser Musik Gamelan & Tari “The Amazing Gamelan”
- Konser musik gamelan tiga generasi (gamelan anak, gamelan lansia dan gamelan pramuri (bapak-bapak)
- Pengunjung melihat proses pembuatan gamelan dari lima empu lima empu pembuat gamelan - Saroyo, Pardiyo, Suparno (Wokching), Saleh Sutomo dan Dasah Pujo Suwarno, mulai dari proses peleburan, penempaan, tuning (pelarasan), sampai jadi.

Penyelenggara(主催):
Sanggar Seni Sekar Jagad、スコハルジョ県観光局(Dinas Pariwisata Pemkab Sukoharjo)


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11/26 API Workshopでの能の上演
日本財団アジア・フェローシップ(API)国際ワークショップの
打ち上げレセプションにて、能の上演をコーディネート

日時: 2009年11月26日 18:30頃~
場所: リーガロイヤルホテル(大阪)・ダイヤモンドルーム

能「羽衣」より
シテ: 赤松禎英
地謡: 山本博道、齋藤信輔
後見: 赤松祐一

私はAPIフェローの6期ということもあり、今回、日本で行われた
(5カ国の中で毎年会場が変わる)API フェローの国際ワーク
ショップでの演しものをコーディネートさせていただきました。

シテ、地謡の3人の方々は2007年2月に私のコーディネートで
インドネシア公演・講演・ワークショップのツアーをしてくださった
方々です。

ダイヤモンドルームは円形の空間で、巨大でゴージャスなパオ
という感じの空間です。空間を四角く区切るものがないので、
そこにシテが現れると、宇宙人が降り立ったような不思議な
感覚がありました…。
11/21 甲野善紀先生講習会に参加
甲野善紀先生 大阪講習会

日時: 平成21年11月21日(土) 13:30~16:30
会場: クボタ体育館 (大阪市浪速区)
主催: 尚志会

今回はこの後に先生を囲む懇親会があり、参加。
甲野先生の講習会に参加するのは今回が2回目。
甲野先生の本にもあるように、武術を専門とする人以外の参加も
少なくない。
武術にしても、参加者が着ている道着から見ても、柔道、空手、
合気道…とあるみたいでバラバラ、その上ピアニスト、文筆家、
海洋関係の学生(漫画がきっかけになって甲野先生のことを知った
らしい)、舞踊の私…と、バラバラ。

しかし、身体に興味がある人が集まっているので、どの人の話にも
面白いものがある。

甲野先生の手も足も、その関節は驚くほど柔らかい。
何しろ、足の指が甲から直角に曲がる。
手の指も、甲につくぐらい反る。舞踊でもこんなに手の指が反る
人を見たことがない。しかも筋肉はプルプルと豆腐のように柔らかい。
こんなに柔らかいのに、ぐっと力を入れるとものすごく固くなる。
話だけでなくて、実際に体を触らせてもらうと、ショックが大きい。
こんな身体が実存するなんて…。
どうやったらこんな身体が作れるのだろう。

身体から革命を起こす (新潮文庫)身体から革命を起こす (新潮文庫)
(2007/08)
甲野 善紀田中 聡

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11/20 JIBAK総会
日本インドネシア経済協会・関西(JIBAK)
平成21年度総会に出席

日 時: 2009年11月20日(金)14:00-16:00
場 所: ホテル日航大阪 4階 白鳥の間

● 木下会長挨拶、総会
● 講演 
  「インドネシア看護師・介護福祉士候補者研修に携わって」
   (財)海外技術者研修協会 企画部広報グループ長
   大谷秀昭氏(前インドネシア・海外研修者協会所長)
11/13 B.アンダーソン講演会

「革命後のジャカルタ-アクセス可能な都市」
講師: ベネディクト・アンダーソン氏

     (コーネル大学政治学部名誉教授)

日時: 2009年11月12日(木) 13:30~17:15
会場: 京都大学・総合地球環境学研究所・講演室

ベネディクト・アンダーソン Benedict Anderson 略歴
1936年中国昆明生まれ。ケンブリッジ大学卒業。1967年、コーネル大学より
Ph.D.(政治学)。コーネル大学政治学部教授等を経て、現在、同名誉教授。
専門分野は、政治学、東南アジア学。著書に、『想像の共同体』、『言葉と
権力』、『比較の亡霊』、近著に『ヤシガラ椀の外へ』がある。

講演者からの内容メッセージ
革命後(1950年代~60年代半ば)のジャカルタで見られた、さまざまな文脈におけるアクセス可能性、近づき易さについて話すことにしたい。全ての通りはべチャ(輪タク)や自転車に開かれていて、時には馬が一、二頭通ることさえあった。首都の全ての地区はアクセス可能で、高い壁と守衛によって守られた高級住宅コミュニティー、ゲーテッド・コミュニティーは存在しなかった。種々の公共空間が一般に開かれており、これに近づくことが可能だった。当時の最高級ホテル、ホテル・インドネシアの向かい側では、ほとんど丸裸の男の子達がサッカーに興じていた。大統領宮殿で催されるワヤン劇は民衆に開放されていて、政治家も、大学、学校も近づき易かった。売春婦へのアクセスも開かれていて、彼女らはまだ売春指定地区に閉じ込められてはいなかった。ストリート・カルチャーが生きていて、子供達は家の中ではなく、ほとんどの時間を家の外で過ごしていた。言語的な近づき易さも存在した。つまり、ジャワ語のような敬語をもたない言葉、インドネシア語(バハサ・インドネシア)が日常的に話されていた。

告知HP
http://www.chikyu.ac.jp/archive/topics/2009/seminar_091112_annai.html

コーディネーター: 加藤剛氏(龍谷大学社会学部)
通訳:        禅野靖司氏(青山学院女子短期大学)
コメンテーター:   佐藤浩司氏(国立民族学博物館)
            山下裕子氏(一橋大学商学部)

主催: 地球研「メガシティが地球環境に及ぼすインパクト」プロジェクト      
     (通称:メガ都市プロジェクト  代表:村松伸)   
     京都大学東南アジア研究所GCOEプログラム
     「生存基盤持続型の発展を目指す地域研究拠点」

関連書籍
ヤシガラ椀の外へヤシガラ椀の外へ
(2009/07/17)
ベネディクト・アンダーソン
商品詳細を見る
日本の若い研究者に向けて、「想像の共同体」の著者が自らの学問的な経験やキャリアについて、加藤剛との双方向の翻訳によってまとめた本。日本語版オリジナル。英語版出版予定なし。
11/11 地域のためのアートマネジメント講座(後期)第3回目
地域のためのアートマネジメント講座(後期) 受講
主催: 地域アートマネージャー育成事業実行委員会
後援: 大阪市立大学都市研究プラザ・大学院創造都市研究科、大阪芸術大学
     文化庁 平成21年度「文化芸術による創造のまち」支援事業

第3回: 11月11日(水) 19:00~21:00
『劇場を中心とした新しい公共にむけて~漂流するDANCE BOXの軌跡からの考察~』
講師: 大谷燠(NPO法 DANCE BOX Executive Director)
会場: 船場アートカフェ
11/4 高校での異文化理解授業
2009年11月4日(水)13:20-15:10
奈良県立西和清陵高等学校にて

2年生69名が受講する「総合的な学習の時間」
の中の「異文化理解」の授業にて
「ジャワ伝統舞踊を現在に生かす取り組み」に
ついて話しました。

9/26 打ち上げ
2009年9月26日(月)19:00-
do with cafe  にて

林家染雀さんの紹介で決めたこの会場、店長さんは元・
大和屋の板前さんだったそうで、 お料理はおいしかったです。
ドラァグクイーンの人たちのショーが金・土に行われており、
それ以外の日も、ドラァグさんたちがホステス(?)代わりに
いらっしゃいます。

出演者全員にスタッフの皆さん(全員ではなかったけれど
全団体から1人は来てくれました)、それに宮司さんが
来てくれました。宮司さん、洋服だったので最初よく
分かりませんでした…

しかるべく反省をして今後に備えようと思ったのですが、
私自身がぼけーっとしておりました。
公演から打ち上げまでずっとご参加くださいました皆様、
ありがとうございます。




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