2/11 ジョグジャ王家のスカテン
2時過ぎ。スカテンを聞きに、ジョグジャのクラトン(王家)に行く。スカテン行事はソロとジョグジャとチレボンの王家にしかない。巨大なガムラン楽器を、王家のイスラム寺院で、モハメッドの誕生日(今年は2/15)までの7日間、朝・昼・夜とイスラムのお祈りの時間を除いて演奏される。寺院の左右に演奏場所があって、交互に演奏される。ソロの王家のものは当然聞いていたけれど、ジョグジャ王家の演奏を聞くのは初めて。そこで、なんと、1997年にジョグジャに留学してスカテン調査をしていたMskさんに再会!彼女はインドネシアに来るのは7年ぶりという。

Mskさんの話によると、ジョグジャのクラトンでは、音楽家は4団に分かれていて、2団ずつ、1日おきに演奏するという。ソロの王家では2団の演奏家がぶっ通しで7日間詰めていたから、やはりソロ王家はかなり頑張っているのだ、と実感。
2/11 パクアラム侯の誕生日式典
8:30~パクアラム王家にて、パクアラムIX世のTingalan Dalem(誕生日式典)があり、参列。まず叙階式、次に参列者が王夫妻と握手し祝辞を述べ、その後に食事が出て舞踊がある。演目はスリンピ・ラグドゥンプルSrimpi Lagudhempelとモンゴロ・トモManggala Tama。

パクアラム家では、VIII世の王妃がソロ(スラカルタ)の王家から輿入れしている。そのときに音楽家や踊り手もソロから来たので、この王家の舞踊はソロ様式がベースに、それを短くしている。スリンピ・ドゥンプルのように二部形式の作品の場合、パクアラム王家では伝統的に後半しか上演しない。1971年代初めから同王家で踊ってきた、現・芸術大学ジョグジャ校ISI YogyaのヘルミンBu Hermien学長によると、これは少なくとも当時からそうだったという。それをさらに半分に短縮したもの(したがって全部で15分くらい)が上演される。踊り手の1人がヘルミン学長の娘。

モンゴロ・トモは基本的にソロのボンドユドの舞踊と似ていて、曲も一部同じ。指揮官の武将の踊り。ソロ様式と似ているが、両足揃えて腰を落とすポーズがあって、荒型の割に可愛いい動きに見える。踊っているのはヘルミン学長の長男。

ヘルミン学長の旦那さまのマルジヨMardjijo氏は、私が2回目の留学をしていた時に、ソロの芸大大学院で修士課程を取っていた人だった。修了制作はこのパクアラム王家のラーマーヤナの掘り起こしで、私は亡き師匠(Bu Djoko)親娘と一緒に車をチャーターして見に来たことがある。師匠は、昔ジョグジャの芸術高校、芸大でも教えていて、そのときに、パクアラム王家に嫁いだ王妃についてきた、元ソロ王家の踊り手の人に習っていたのだ。マルジヨ氏は1968年からパクアラム家で踊っていたという。

残念なのは、この王家では舞踊の定期練習はなくて、王家や国の関係の行事があったときに、事前に関係者の踊り手が練習するだけということ。それを考えると、定期練習を維持しているソロの王家(クラトンとマンクヌガラン)は偉いと思う。
APIのカリ・チョデ・プロジェクト報道
私も参加するAPI Fellowship(日本財団)の、ジョグジャカルタ・チョデ川流域でのプロジェクトに関する報道記事です。

2011年2月9日コンパス紙
http://regional.kompas.com/read/2011/02/09/21520294/Empat.Negara.Studi.Banding.di.Kali.Cod

Empat Negara Studi Banding di Kali Code

Editor: Benny N Joewono
Rabu, 9 Februari 2011, 21:52 WIB


foto kalicode-dari kompas

Kompas/Ferganata Indra Riatmoko
Aliran Lahar Dingin Mencapai Kali Code - Warga membekali diri dengan jaring untuk menangkap ikan yang lepas dari keramba akibat gerusan lahar dingin dari Gunung Merapi di Kali Code, Kampung Jogoyudan, Kelurahan Gowongan, Kecamatan Jetis, Yogyakarta, Kamis (4/11/2010). Lahar dingin yang mengalir sampai Kali Code mengakibatkan kerusakan pada puluhan keramba ikan milik warga yang dipasang di sungai tersebut.


YOGYAKARTA, KOMPAS.com - Empat negara yang terdiri atas Thailand, Jepang, Filipina dan Malaysia akan melakukan studi banding di kawasan Sungai Code Yogyakarta pada 13-22 Februari 2011.
"Hasil studi banding itu selanjutnya akan digunakan sebagai elemen perencanaan kawasan Code ke depan," kata Ketua Pemerti Code, Toto Pratopo usai bertemu Gubernur DIY Sri Sultan Hamengku Buwono X di Yogyakarta, Rabu (9/2/2011).
Menurut dia, momentum itu merupakan waktu yang sangat tepat pascabencana erupsi Gunung Merapi untuk secara serius menata kawasan Code ke depan, termasuk adanya pembentukan kelembagaan multi pemangku kepentingan yang bisa menangani kawasan tersebut.
"Untuk penataan Code ke depan diwacanakan ada semacam komisi Ad Hoc. Selama ini wacana tersebut sudah digulirkan karena dari sisi undang-undang belum ada aturan yang memungkinkan untuk penataan Code," katanya.
Ia mengatakan, kegiatan awal penataan kawasan Code telah berlanjut pada pemetaan dan pemotretan dampak bencana untuk membuat perencanaan partisipatif.
"Konsep itu pada 21 Februari 2011 akan dipresentasikan ke Gubernur DIY, agar penataan kawasan Code dengan dasar komunitas," katanya.
Dalam jangka panjang, menurut dia, hal itu bisa mengarah pada pembentukan kegiatan pariwisata di Code sebagai bentuk akses untuk melihat dinamika yang terjadi di perkampungan, yakni pengentasan warga miskin melalui akses tersebut.
Ia mengatakan, kawasan yang direncanakan untuk ditata ulang itu terdiri atas 15 titik lintas kabupaten dan kota mulai dari wilayah Plemburan hingga Wirosaban.
"Kelanjutan dari penataan kawasan Code itu juga akan kami wacanakan untuk pembentukan peraturan daerah mengenai permukiman di pinggir sungai," katanya.
ムラピ山噴火の際の火山泥流の山
これはジョグジャ市内を流れるチョデ川流域に流れ込んだ火山泥流をさらってできた山。10月のムラピ山爆発以来、この流域だけでこの泥流の山(今は乾いて砂の山になっているが)は3回目という。
ちなみに火山泥流のことをラハールlaharと呼ぶらしいが、これはインドネシア語。かつて、インドネシアの火山噴火の際に学術的に調査されて、現地語から命名されたらしい。この砂は、住民ならだれでもタダで利用してよいらしい。

火山噴火

スランドゥールのグループ
APIプロジェクトの活動の一環として、チョデ川流域のコミュニティの人たちとコラボレーションすることになったのだが、地域内にあるスランドゥールsrandulグループに音楽演奏を頼むことになり、練習を見に行く。

スランドゥ―ルというのは、農民が稲の収穫を終えた後の祭りで行う芝居のようなもので、日本でいう村芝居、農村歌舞伎といったところか。演目はマハーバーラタやラーマーヤナではなくて、農民の日常を描き、そこに教訓などを込めたようなものという。私はソロに6年いたけれど、スランドゥールという語を聞くのは初めてだ。もうほとんど廃れかけているらしい。このグループは1992年頃に活動していた人たちを母体に、2008年頃に再結成してやっているという。このグループはいろいろ自分たちでいろんな要素を入れてやっているみたいだが、元来はもっと単調なものらしい。

このグループは本当にコミュニティー・ベースで、小学校に上がる前くらいの子供から最高齢83歳の人まで、徒歩圏内から集まってくる。代表の人の父親はアブディダレムで、宮廷貴族につながる血筋だ。やっぱりそういう人が地域のリーダーになるようだ。主力は小学校3年と中学2年の少年とそれぞれの父親、その父親世代の大人の男性が数人。これでサロン2台、デムン2台、ゴング、クトゥ・クンピャン、太鼓、アンクルンを演奏する。そしておじさん4人がちょうどワヤンのプノカワン(道化)のように、漫談みたいなことをやる。お母さんや小中学生の女の子は歌担当。

APIのプロジェクトでは、。舞踊演出の担当スギト氏、彼が連れてきた音楽担当の芸大学生・ファジャール氏が、つきっきりで男の子とおじさんを特訓する。新曲で、楽譜もあるのだが、その楽譜をファジャール君が見て1行ずつ演奏して見せ、それを皆で真似して覚えたら次の行…という風に、やはり口頭伝承スタイルで教えている。私は楽譜で勉強したくちなので、楽譜を見て演奏することに関しては、私の方が早くできたくらいだ。しかし、できるようになると彼らは早くて、猛スピードでも演奏できる。

このグループの人達が外部の人から指導を受けるというのは初めてだそうで、顔合わせの日には代表を始め指導しているおじさん達も明らかに不安そうだったのだが、新しい挑戦にがぜんやる気が出てきたみたいで、私もほっとする。
2/2 ワヤン・トペン
ジョグジャカルタ市の西のKulonprogoクロンプロゴ県へ。車で30分くらい。
本当は12:00-4:00まで儀礼があってそれが見たかったのだが、他の用事があって時間的に無理だったので、夜だけ行く。

このプンドポは、ボドロノヨ団Sanggar Bodronoyoを主宰している**氏(名前失念!)個人の所有なのだが、村全体の観光振興のために、村の行事としてこの公演が行われるらしい。ジョグジャ教育大学(UNY)の学生がワヤン・トペンを指導し、最初のシーンでは年配のおじさんたちが踊っていたらしい。ワヤン・トペンはトペンをつけて行う、パンジ物語を題材とする舞踊劇のこと。踊り方やらに違いはあるが、パンジ物語を仮面をつけて上演するというスタイルはジャワ各地にある。私は以前、クラテン県のワヤン・トペンを見たことがある。クラテンとはスタイルが違うし、クロンプロゴにはここにしかワヤン・トペンはないと聞いて、出かける。

ひどい雨ということもあり、開始は予定(20:00)を大幅に遅れ、挨拶が21:30から、上演は22:30から始まる。地元、県、(州?)の偉いさんに、あとこの地域は元々パクアラム王家の所領なので、パクアラム王家の人(Anglingkusumo夫妻)が来賓で来ている。終演は03:00の予定だったから、影絵なみに一晩やる心づもりなのだろう。ただ、私は0時前に失礼する。

クラテンのワヤン・トペンはソロ・スタイルで、仮面につけた舌状の部分を口でくわえて装着するが、クロンプロゴではジョグジャ式で、仮面は紐で頭に縛りつける。だから、台詞をしゃべるときにも仮面をつけたままだ。それがソロ様式に慣れた目には新鮮だ。ちなみにクラテンでは台詞をしゃべる時には仮面を外し、しかし仮面を手に持って顔を覆ったまま、台詞を口にする。

期待のクロノのシーンは短くて残念だったし、全体に踊りも割と下手だったのだが(歌のシンデンも)、指導する教育大の人は別として村の人たち総出でやっているみたいだし、若い人も踊り、かなり小さい子もボナンを演奏していて、さらに踊りのキューを忘れた踊り手には客席のおじさんから「次はpacak guluだよ!」と声が飛んだりと、村ぐるみでやっている、いかにも田舎っぽい雰囲気が見ていて面白かった。

wayang topeng kulonprogo

儀礼: Saparan Rebo Pungkasan "Kembul Sewu Dhulur"
日時: Rebo, 2 Februari 2011, j:12.00 wib
場所: Bendung Kayangan, Pendoworejo, Girimulyo, Kulon Progo, DIY


1. Bendung Kayangan (12.00-14.00 wib):
 Makan Tenongan-Kembul Sewu Dhulur
 Puisi Bendung Kayangan Bambang Uban
 Ngguyang Jaran
 Ngguyang Trimakno
 Ngguyang Kuda Lumping Bongkol Pring
 Ngguyang Topeng Kuno

2. Balai Desa Pendowaharjo (14.00-16.00 wib):
 Pentas Jathilan Turangga Kresna

3. Komunitas Sanggar Bodronoyo (20.00 wib):
 Pentas Wayang Topeng "Alap-Alap Dewi Sekartaji"
2月の水牛
サイト「水牛」に、今月は「無縁社会」について寄稿しています。
1/29(日) イモギリへ朝食に
朝6:30過ぎにMさんから電話があって、イモギリに朝食のお誘い。イモギリはソロとジョグジャの両方のジャワ王家の墓所だが…、わざわざ朝ご飯だけを食べに郊外へ?と驚いたが、ものは経験と、一緒に連れて行ってもらう。そうやって朝ごはんを食べに遠出するというのがレジャー・スタイルの1つみたいだ。この朝食、もともとはイモギリの墓参りにやってくる人々のために自然発生的に生まれた屋台群のようで、ジョグジャでの地震以後は、元バスターミナルだった場所が朝食屋台街として整備されている。

ここでイモギリ名物のuwuh(ウワーと聞こえる)を飲む。uwuhはジャワ語で「ごみ」の意味。捨ててしまうような葉っぱやシナモン?のカンナ屑、生姜みたいなものなど、お茶とはいえない「ごみ」を混ぜて飲むことから、そう言うらしい。中に入っているものの成分で自然に赤い色に染まる。これが、さっぱりとした薬用茶という感じで美味しい。胃がすっきりする。家でも飲もうと、葉っぱのセットを4つ買って帰る。
uwuh.jpg

1/28 汽車でバイクを送る
2006年に買って、舞踊の先生の家に預けていたバイクを、今回ジョグジャに持って行くことにする。どうやって運ぼうかと思っていたら、汽車で送ることもできると聞いて、それに決定。貨物がソロのバラパン駅を出るのは夜9時らしいので、それまでに持ち込めば可。駅の横にあるK.A.Logistik(汽車物流)というコーナーで手続きをする。ハンドルとミラーと座席の辺りを段ボールで包んで送ってくれる。ジョグジャまで汽車で1時間の距離なので、係の人には自分で乗ってくれば?と笑われたが、ソロ街道の交通量は多くてちょっと怖い。翌朝受け取りに行く。