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3/19 ガムランとラップ
3 月19 日(土)13:30 開場 14:00 開演
《ガムラン・クリスタル:映しあう声と響きあう光》
出演:マルガサリ(ガムラン)、SHINGO★西成(ラップ)


排除と包摂、内と外といった排他的な関係を無化し、アートを通した包摂をパフォーマンスにおいて表現。障害のある人や、実験的なアーティストとのコラボレーションによって越境を繰り返してきたマルガサリと、西成をベースに釜ヶ崎の日常を語り、歌い込む人気ラッパー、SHINGO★西成との初めての共演。


最初グンディン・ボナンの曲で始まり、1曲完遂する前に止まって次のシーンに移るのだが、これが違和感がなくて
とてもいい感じだった。エコーがかかったマイクに声がのって、長い節回しのメロディー(伝統曲ではない)が遠くから聞こえてくるように聞こえるのも、神秘的な感じがして良い気がする。
ガムランメンバーへのインタビュー映像が後ろのスクリーンに投影されている間に演奏者の位置が変わっている。この映像はもう少し短くてもよかった気もする。
その後のラップや動き(ダンス)と絡んで、音や言葉が紡がれていく時間が見えるのも面白くて、こういう雰囲気はジャワのガムラン・ミュージシャンには出せないなあと思う。間合いが日本的なのかもしれない。

グンデル楽器を縦に立てて、その胴体(共鳴筒が入っている)に何かものを挟んで擦り(のこぎりを引くような感じの動き)、音を出すというのは、ジャワでも珍しいアイデアとは思わなかったが、そのゆっくりした動きと赤い照明、空間配置が美しかったと思う。

全体の中で伝統曲のAyun-Ayunの部分が一番見劣りする。エコーの響くマイクは、記憶の中の風景みたいなものをよびさますような感じで、とても効果があったと思うのだが、伝統曲の場合は歌い手(プシンデン)の声がわんわんと響きすぎ、また演奏しながら囃し声をかける人たちにはマイクがないため、そちらの囃し声はみすぼらしく聞こえてしまった。この部分だけ音響を考えた方が良かったと思う。私の好みとしては、プシンデンにマイクはいらない、あったとしても口元から遠く離した方がいいなあと思う。

蛇足だが、ちょっと遅刻して到着したこの会場ホールのロビー、いい具合に会場内の音が漏れてくる。ロビーで聞いているのも心地よいなあと思う。

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この催しは以下のイベントの一環です。

アート&アクセス第3回シンポジウム・公演
「アートと社会包摂~Social Inclusion on Stage」
日  時:2011年3月19(土)~20(日)日
会  場:大阪市立大学・田中記念館大ホール


芸術文化の働きによって社会的包摂に寄与する試みは、世界各地で成果を挙げつつあります。本イベントでは、パフォーミング・アーツの分野で顕著な実績をあげているイタリアと日本のグループの公演をお届けするとともに、このような活動の意義、方法について語り合います。

公共性の保障は、格差や貧困など様々な困難を抱えている社会においては重要な課題です。誰でも参加できる社会をつくるためには、制度、慣習、意識などにおいてバリアや障壁を排除し、社会への接近可能性(accessibility)を高くすることが望まれます。本イベントでは、芸術文化がそういった働きに積極的な役割を果たし、同時に、新たな創造の機会にもなることを検証します。

主催:大阪市立大学都市研究プラザ
共催:NPO法人こえとことばとこころの部屋(ココルーム)
後援:在大阪インドネシア共和国総領事館
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地震情報リンク
「東日本大震災お役立ち情報」(英語版)
Kanto-Tohoku earthquake-Tsunami-11 March 2011-information

のリンクを張っておきます。

http://aziza.web.fc2.com/contents/jishin/languages.html

このページの中で「Notice from Sendai」の項目は、東京外大のHPでインドネシア語訳されています。

http://www.tufs.ac.jp/blog/ts/g/cemmer/2011/03/indonesian_notice_from_sendai.html
一時帰国
3月15日昼の便でジョグジャカルタを出てジャカルタ着、
18:30発マレーシア航空に乗り、クアラルンプール経由で
16日朝に日本着。

4月6日まで日本にいます。

ジョグジャは快晴だったのに、ジャカルタでもクアラルンプールでも小雨。

ジャカルタにもwi-fiのできる無料ホット・スポットがあったが、そこでは結局通信できず。
クアラルンプールのホットスポットで、2時間のトランジット時間をインターネットして過ごす。このホット・スポット、2時間までという制限つきだった。

ジャカルタの空港には、あいかわらずインフォメーションセンターもなければ空港内マップもないので、どこにどんな店があるのか、実際に歩いてみないと分からない。使えないホット・スポットといい、だからマレーシアに負けるんだよ!と毒づきたくなる。

で、クアラルンプールの空港にはちゃんとインフォメーションセンターも案内掲示板もある(印刷物はなかったようだが)。が、その掲示板、一応現在場所も表示されているものの、実際のフロアの方向に対応していないので、見づらい。しかも、空港のゲート配置が意外に分かりにくい(と前に来た時も思う)。そういうところが中途半端なんだよ!と、こっちには毒づきたくなる。

しかも空港内に「メード・イン・マレーシア製品」のコーナーがあって、そこにはお茶とかお菓子とか小物なんかがあるのだが…、正直びっくりする。インドネシアでは自国製なんてことはわざわざ謳うまでもなく、当たり前のことだ。そうまでしないとマレーシアのオリジナリティはアピールできないのか(実際そう思うけど…)と、ひねくれ者の私は思ってしまった。
コンドルズ・インドネシア公演のお知らせ
日本のコンテンポラリーダンス・グループ、コンドルズ(今、NHKの朝ドラのてっぱんダンスで有名ですが)の公演がインドネシアのソロ(スラカルタ)市であるので、お知らせします。
文化庁からの派遣のようで、ソロ市以外での公演はないとのことです。

日時: 2011年3月27日(日)~28日(月)20:00~
場所: Teater Besar ISI (Institute Seni Indonesia) Surakarta
    Jl. Ki Hadjar Dewantara no.19, Kentingan, Jebres,
    Surakarta, Jawa Tengah, Indonesia

チケット料金については不明。
2/27 ジャカルタのジャワ舞踊団 
ジャカルタの観光文化省、RISTEK(インドネシア科学調査省)、LIPI(インドネシア科学院)に用事があったので、2/28(月)にはしごする。

***

せっかくなので、日曜朝からジャカルタに飛んで、IKJで毎週日曜にあるPadnecwara(パドネスワラ)舞踊団の練習を見に行く。私は2003年からずっと、ジャカルタに来るとこの舞踊団の練習に参加している。ソロ出身のレトノ・マルティRetna Maruti女史が代表を務め、基本的にソロ様式の、インドネシアを代表するジャワ舞踊団。

この日は4月30日~5月1日にジャカルタ芸術劇場Gedung Kesenian Jakarta (GKJ)で公演する演目の通し練習があるので見る。今度は男性がジョグジャ様式、女性がソロ様式で踊る構成にするとのこと。ソロ芸大の男性舞踊家、ワハユWahayuや音楽家のスボノSubonoら、この舞踊団の常連助っ人が数人の他、ジョグジャの舞踊家が教えている。この人のことはまだ知らなかった。公演タイトルはうかつにも聞くのを忘れた。

ラングンドリヤン(本来は女性だけの舞踊と歌による公演)を発展させた、男女の踊り手が歌いながら踊るというスタイルでは屈指。マルティ女史は舞踊はもちろん、その声にもとても定評がある。マルティやこの舞踊団の主要メンバー、スタッフは1970年代初めにジャカルタに移っている人たちなので、70年代以降のソロの芸術改革(中部ジャワ芸術センターPKJTなど)の影響を受けていない。なので、ジャカルタに移って変容した面も持っている一方、意外に古風な味を維持している面もある。ジャカルタでソロのジャワ舞踊を見るようになってから、私のジャワ舞踊理解も一段と進んだと思っている。

ジャカルタの人たちがジャワ舞踊公演する場合、女性舞踊家はかなり優れた人たちが揃っているが、男性舞踊家(それも優形)や核となる音楽家や演奏者となると、彼らはソロから呼ぶ。それは技術面もあるだろうけれど、やっぱりラサが足りないからだと思う。ソロだと、なんてことのないバパ・バパBapak-Bapakガムラン(おじさんたちのサークル)の演奏でも、下手であっても、本場の雰囲気、ラサ、があるのだ(実際本場なんだけど)。外国人がガムランを学ぶと、やはりラサを一番やかましく言われるけれど、本当はインドネシア国内でも、ジャワを離れたらラサは薄くなるのだ。

だから、ジャカルタの舞踊団で、現在まだ一線で活躍しているマルティ女史ら、ソロからジャカルタに移住した第一世代の人たちが引退して、ジャカルタ2世の人たちが主役になるようになったら、ジャワ舞踊もかなり変わるだろうなという気がする。

***

蛇足だが、LIPIに新しい建物が建設中。LIPIの職員に聞くと、一般の結婚式などに貸し出すホールになると聞いている、という。会議場ではないという。今ある分で間に合っているから、と。インドネシアのLIPIも、日本の大学と同じで、今は独立採算の道を模索せねばならないらしい。しかし、いったい、どんな人がLIPIで結婚式するんだろうか、ホール名はどうなるんだろうか、などと考えてしまった…
2/25 ムギヨノ公演
2月25日20:00~Wisma Seni(ソロ)にて
Mugiyonoの舞踊公演 "Shinta's Memory"


Tidak hanya Sekedar Tari(舞踊だけでなく)というイベント・タイトルで、ムギヨノを含む3人の公演。ムギヨノの作品は、音楽がDedek Wahyudiと歌の女性の、合計3人しか舞台に登場しない。先日インドで初演して、今回がインドネシア初演とのこと。

シンタの状況と現在の女性の社会的な位置づけを問題にした作品ということだが、わりと不評で、コンセプトが見えないという意見が私の周りで聞かれた。しかし、私に言わせれば、彼の従来の作品、特に今回のように1時間ほどの長時間作品はだいたいそうで、すぐにテーマから逸れて細部の装飾に走ってしまい、細部が肥大してしまう。彼はテーマを表現する舞踊家というよりは、彼個人の動きのユニークさと、その細部の肥大で人を惹きつけるタイプの舞踊家なのだと思う。

別にそれでもいいじゃないか、日本舞踊の変化物(へんげもの)だって同じだ、と思うのだ。研究者は聞くと怒るかもしれないけど、変化物にだって、一貫したコンセプトがあるとは思えない。(だから、昔、私は日舞が大嫌いだった)観客は、踊り手そのものが醸し出す美に耽溺できれば、どんな状況設定だってコンセプトだっていいのだ。

なので、私は彼のコンセプト表現には全然期待していなかったから、作品については、それほど不満にも思わなかった。とはいえ、後半は特に空想に遊んでいたので、作品のディーテールについて聞かれると、困る。

彼は、ときどき、はっとするような動きや表情を見せる。作品とは全然関係のない感情を私にもたらすこともあるし、またそれに私の体が反応して動くこともある。彼の作品で評価すべきは、そういうポイントなのではないのかなと思うのだ。


彼は、単独で踊ることも多いが、別の振付家と組んでみたらいいだろうなと私は思う。細部への暴走を抑えてくれる人、作品の大きなフレームをしっかり作ってくれる人と組むと、彼の良さが良い形で出てくるような気がする。
3/24グンドノさんの公演
2月24日19:30~
Kedai Kebun Forum(ジョグジャ)にて

Ali Laringka (ジャカルタ)舞踊“Jejak Sampah"
Slamet Gundono(ソロ)"Tembang Pesisir"

グンドノさんの公演と聞けば、行かねばなるまい、ということで行く。彼はワヤン・スケット(麦藁のワヤン)の公演シリーズで有名。もともとダランだが、歌あり語りあり、時にダンス作品にも登場する。今回は彼と演奏の2人の計3人で、語りあり歌ありのパフォーマンス。

♪~初めて歌を習ったのは、イスラムのコーラン朗誦で~、すごくモノトーンな節で~、…宗教的な歌はブドヨにしろモノトーンなんだ~、三智は好きでやっているけど~♪

みたいな調子で続く。やっぱり、行くとネタにされるんだな。激しい雨のため、2曲の予定が3曲歌ってくれる。

このkedai kebunという場所、今まで話に聞いて名前だけは知っていたが、来るのは初めて。カフェやギャラリーを併設し、カフェの売上を劇場の運営に充てているようだ。だから無料で公演を見ることができる。公演が始まってすぐに、募金ざる(笊)が廻ってくる。1000ルピア札、2000ルピア札が多く、ところどころに5000ルピア札がのっているのが見える。私は、この劇場に頑張ってほしいので、10,000ルピアを張り込む。この日の司会によると、しばらく営業を中止していて、本日が久しぶりの公演だとのこと。

そうそう、舞踊のAliはグンドノさんに師事しているのだという。始まる前に舞台上にゴミ(もっとも小道具なので、きれいなゴミ)を撒いていると、それを見た観客の幼児が、「ゴミを捨てちゃいけません」みたいなことを言っていたような…。カリ・チョデでのプロジェクトでもゴミ収集が問題になっていたので、ゴミというとちょっと反応してしまう。





3月の水牛
今月は 水牛 に「噴火後のムラピ山からカリ・チョデまで」を書いています。

月末に急きょジャカルタに行く用事ができてしまい、ジャカルタ空港のラウンジで時間を見つけて書きましたが、あえなく時間切れ…。カリ・チョデ上流の水源地を見に行った話を書きましたが、えらく中途半端に終わっています。
2/20カリチョデ公演
APIリージョナルプロジェクトの有終の美を飾る(?)公演の日。
19:00~Jogoyudanにて。
1. 開催の辞
2. 地元からの演し物(イスラム歌唱、子供の歌)
3. APIフェロー樅山智子さんチームのコラボレーション音楽"Code Purnama Hatiku"
4. APIフェロー私のチームの作品"Spirit of Kali Code"。


ジョゴユダンは、市内のチョデ川流域で最も洪水の被害がひどかった地域で、マリオボロ通りのちょうど裏手にある。ムラピ山の噴火(2010年11月)による火山泥流が川に流れ込んでチョデ川の川床は1.5mも上昇し、折からの雨季で増水した水があふれて洪水になったのだ。

ジョゴユダンではモスクの前に舞台を設置したのだが、主催者の要望が伝わっておらず、階段が1つ足りない上に、舞台裏で移動できるスペースもない。舞台のすぐ後ろは小屋にくっついていて、その小屋の裏手は川べりの水路でちょっと低くなっている。そこで地元の人は、堤防に積んでいた土嚢を下ろして階段を作り、水路に並べて舞台裏の通路を作ってしまった。洪水地域ならではの舞台設備だが、今この瞬間に洪水が起きたら、私たちまずいのでは…。

土嚢の階段  土嚢の通路



私のチームの作品は、ワヤン・べベル(絵説き、ワヤン:影絵の元になった)にヒントを得た「ワヤン・ルキス」(ルキスは絵画の意味)とも言うべきものと、舞踊と音楽のコラボレーション。かつては人と自然が共存していたが、その美しかった自然(ムラピ山、チョデ川)が、愚かな人間の行為によって汚されてしまう。最後に善悪を象徴する神が登場して戦い、勝った善の神が人間の愚かさを指摘し、人間が反省するという筋立て。ワヤン的な筋立てであるのは、もともとワヤン・べベルを念頭においていたからというのと、ジャワの人たちに馴染みのある形態で上演したかったから。特に今回のターゲットはあまり裕福でない地域の、しかも一般住民たちだから、彼らに伝わりやすいことを重視。

私は善の神で白い衣装を着ているのだが、私を見た人は皆、ラトゥ・キドゥル(南海の女神)の役だと思ったみたいだ。実は、自分自身では全然そう思っていなかったので、びっくりする。

michi.jpg


舞台の展開は次のような感じ。

プロローグ。舞台の中央に白いキャンバスが置かれ、ムラピ山の噴火を撮ったビデオ映像がそのキャンバスに映し出される。

平和なシーンが、子供の遊び歌(ドラナン)、男女の舞踊と芝居で描かれ、それらのシーンの間に、画家が舞台に現れ、キャンバスにムラピ山の美しい情景が即興で描かれる。ちなみにこの画家はプロ。この間10分。この時はスンダ音楽(録音)をBGMに、ダラン風の語りが入る。彼はダランとして、観客ではなく、絵の方を向いて語る。この人は結婚式などのMCをよくしている人。このダランが入ることによって、単なる「舞台で絵画パフォーマンス」がワヤンになる。

画家が再び舞台に登場すると、今度は前に描いた絵を上から汚し、汚された自然を表現する。ラクササ(羅刹)が登場。怒れる自然。逃げまどう村人たち。

そこに善悪の神が表れ、戦いの後、善の神が人々に呼び掛ける。ここで私の台詞。声を出すのが嫌だったのだが、仕方がない。こんな台詞↓

愚か者(日本語も一部に使って欲しいと言われて)。
Semua terjadi karena kesalahan manusia.
All were caused by stupid human beings (英語。他の外人APIフェローにも意味が分かるように).
Sampah dibuang di sungai. Pohon ditebang seenaknya.
Raksasa adalah kemarahan alam.
Tetapi, tidak terlambat.
Bersatulah dengan Alam.
Bersahabatlah dengan Alam.
---
Insung nyuwun pamit.(ジャワ語。「これで失礼する」の意味。絶対ジャワ人は嬉しく思うからと言われ…)


最後に、作品メモ

舞踊、音楽、民俗芸能、ワヤン・ルキスによるコラボレーション作品
「スピリット・オブ・カリチョデ」

コンセプト: 冨岡三智
主な出演団体…① Sanggar Seni Gita Gilang(舞踊団体、代表:Sugita)
② Paguyuban Seni Srandul "Surya Arum"(スランドゥール芸能、代表:Haryadi)
演出・舞踊振付: Sugita
舞踊: ①より大人10人、子供12人
音楽: Fajar Sri Sabdono(ISI Yogya学生)
演奏: ②より10人
芝居: ②より3人
ダラン: ②より1人
絵画: Suharmanto
2/5ムラピ山水源の川
2/13-22 API リージョナル・プロジェクト・インドネシア
日本財団のAPI Fellowshipのポスト・フェロー・プログラムに従事。たまたま大学の派遣で滞在しているジョグジャ市内で開催される。チョデ川Kali Code流域のコミュニティの人と自然、ローカルの知恵を学ぶという趣旨。


2/15 ムラピ山噴火後の状況を視察。

●ムラピ山国立公園事務所で、噴火の被災状況について説明を聞く。
ムラピ山国立公園

●ボヨン川水源地
公園事務所の人の案内で、チョデ川上流(ボヨン川と名を変える)の水源地帯を見に行く。噴火したムラピ山の火山泥流lahar dinginが流れた跡。ムラピ山から6kmの地点。

湧き出した水は再び地下に潜るので、この辺りでは地表に水は見られない。地表は火山泥流に削られた跡が生々しい。ごろごろした岩石はムラピ山噴火の際に吹き上げられたもので、元からあったものではない。今ある岩はそんなに大きくないが、その時はもっと大きな岩も転がっていったという。地面や川沿いの崖が削られ、熱い泥流に触れて炭化した木片が転がっている。正面の、雲で半分隠れた山がムラピ山。
ボヨン川水源

●ボヨン川をさらにさかのぼると、地下に潜る前の水が地表を流れている。
ボヨン川水源の水

●クニン川流域
ムラピ山噴煙の熱風awan panasで立ち焼けた(というのかな?)木と、廃墟となった国立公園の事務所の建物
クニン川国立公園

●下にクニン川を望む。国定公園に指定されている風光明媚な土地の緑が消えている。ここで植樹をする。インドネシアの人たちもここに観光に来て惨状を見、植樹していく。
クニン川

●熱風で焼けたバイク、駐車場にて。
焼けたバイク
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