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パカレナ男性舞踊のTV放映日
「男性によるパカレナ舞踊の掘り起こし」
http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-460.html
ですが、TVRIで放映される日が決まりました。

6/1(水)16:00-17:00 WIB(西インドネシア時間)

単に録画ビデオを放映するだけでなく、企画したパカレナ舞踊家ウィウィ・シパラWiwik Sipala、芸術局長スリスティヨ・ティルトクスモSulistyo Tirtokusumo、ジャカルタ芸術大学講師で女優のNungki Kusumastutiによる鼎談がスタジオから生放送で行われるそうです。

私はTegalで踊り終わってからテレビを見ることになりそう。
7/22-26タマン・ブダヤ・フォーラム
タマン・ブダヤtaman budaya(芸術センター)は全国の州にあり、基本的に州都にある。ただ、中部ジャワ州は例外で、タマン・ブダヤは州都のスマランではなくソロにある。で、そのことに不満なスマランは、タマン・ブダヤ・ラデン・サレーraden salehというのを持っているが(ラデン・サレーはスマラン辺りの出身の有名な画家)、これはスマラン市の管轄で、州の管轄ではない。

それはさておいて…

全国の州立タマン・ブダヤの長が集まるフォーラムが年に1回ある。今年はソロにある中部ジャワ州芸術センターで開催される。7/23-24の土日には各地からの公演があり、今話題になっているのが7/23(土)にジョグジャ宮廷が出すラウン・アグン。ラウンは槍(ラウン)を持った兵士の舞踊で、ソロの宮廷にもあるが、これはやっぱりジョグジャ宮廷の看板だ。今まで知らなかったのだが、ジョグジャ宮廷にはラウン専用のガムランがあるのだという。7/23にはラウン専用のガムランで伴奏されるとあって、ソロでも期待が高まっている。私はソロの人から最初にこのニュースを聞いた。で、今日会ったGusti Yudha(ユド王子)=ジョグジャ州立タマン・ブダヤ館長も、その練習はここ、自分の屋敷でするのだと張り切っていた。ジョグジャもソロへの対抗心バリバリでラウンを出すのだろうなあ…。
5/27 スリンピの復曲と収録
5/27(金)20:00~ ユドニングラタンYudhaningratanにて、復曲したスリンピ・テジョSrimpi Tejaの収録が行われるというので、見に行く。ユドニングラタンというのは、ユドニングラットの屋敷という意味。で、ユドニングラット氏は現在のスルタンの弟で、2か月ほど前からジョグジャ特別州のタマン・ブダヤtaman budaya(アートセンター)の館長に就任している。個人の邸宅にあるプンドポで撮影しているが、タマン・ブダヤが主催する古典舞踊のドキュメント活動の一環。

スリンピ・テジョというのは、メナク物語をテーマにしたスリンピで、スレンドロ音階を使用。1時間半の長さ。メナク物語に依拠した他の舞踊と違って、このスリンピではダダップ(盾)と剣を使って戦う。今まで見聞きしたジョグジャのスリンピの中でも、特にメロディーが柔らかくて、ちょっとソロっぽいところがあるように感じる。
日本人書道家のワークショップ
5/23(月)
この日は、ISI Yogya(国立芸大ジョグジャ校)で9月から新しく開講される大学院のアートマネジメント学科の試験日で、私はその試験の見学(自分の調査の一環)ということで行った…はずだった。ひとまず筆記試験の部屋で試験の模様を見ていると、プログラム担当のJ教授が手招きする。出ていくと、日本人書道家が本日一般向けにワークショップをする予定になっているというのだが、全然用意が整っていないので、ちょっと一緒に話を聞いてくれという。

そんな風にして知り合ったのが望月月玲さんとご主人で、フリーで書道ワークショップ活動を続けているという人だった。今回は国際交流基金の助成で来ていて、先週に大学の学部、および大学院でワークショップをしたのだが、招聘レターを出してくれたDwi教授はその後マルク諸島へ出張してしまい、一般向けにもということで交流基金が急きょ要請したこの日のワークショップは、連絡の手違いで全然用意が整っていなかったのだった。

J教授と私と望月夫妻とで話している間に、J教授の友達のDa教授がたまたまやってきて、今日のプログラムができないのはかわいそうだし、28日に帰国というなら明後日に自分の学科の生徒向けにワークショップをやってほしい、と言ってくれる。このDa教授(J教授も、そしてその後に会ったDwi教授も)、みんな反応が速い!Da教授は上司の会議が昼頃に終わるのを待って掛け合い、書道の筆と墨を15人分、それに紙を学校の予算で調達して25日2:30からのワークショップをセッティングしてくれた。行きがかり上、私は通訳でこのワークショップに参加。

私を巻き込んだJ教授はこの日の試験が終わって翌5/24にはタイに出張してしまい、スポンサーレターを出したDwi教授は25日夜まで戻らず…、それまで全然接点のなかった望月夫妻とDa教授と私が一緒にワークショップをすることになるなんて、巡り合いって面白いものだ…。

5/25(水)14:30-
ISI Yogya, Fakultas Seni Rupa, Jurusan Kriya Seni(芸大美術学部工芸学科)にてワークショップ。

5/26(木)19:00-
望月夫妻からご招待があって、出張から戻ってきたDwi教授夫妻、彼らのジョグジャ在住の友達夫妻(日本人、二人とも留学生だがすでに7年?くらい滞在している)でDwi教授との連絡を取ってくれていたご夫婦、私とで、Jimbaranで食事。Da教授夫妻は自分の住んでいる村で急に用事が入って抜けられなくなり、欠席。
私が今度Tegalで、Kepercayaan(特定の宗教ではない土着の信仰)の人たちの集まりで踊りますという話をすると、彼も自分はkejawen/kabatinanをしているのだと言って、いろんな情報を教えてくれる。
2008年 雑誌「GONG」掲載記事
私のインタビュー記事が載っている3年前の雑誌が、やっと手に入りました。
2008年8月にスマトラ島のリアウで行われた現代舞踊見本市に招待された際にインタビューを受けたときのもので、9月に「島根・インドネシア 現代に生きる伝統芸能の交流」でジャワ舞踊家やマタヤ(プロダクション)を連れて日本へ行くという話をしたのでした。このとき、私の拠点は日本にあったのですが、彼らとしては、私がインドネシア人を連れて「日本へ帰る」というニュアンスで受け止めたみたいです。

gong 2008
Michi Tomioka "Pulang" dengan Misi Khusus(冨岡三智 特別のミッションで「帰る」)
雑誌『GONG』NO.104/IX/2008, p.77より



男性によるパカレナ(スラウェシ舞踊)の掘り起こし
以下の映像は5月14~15日にマカッサルで行われた伝統舞踊パカレナの掘り起こし活動の成果です。パカレナというのは、女性が扇子を持って踊る舞踊ですが、儀礼舞踊として、男性が踊るパカレナ・ブラネ・カスウィアンpakarena bura'ne Kasuwiangというものがかつてあったということで、それを知っている最後の1人、ダエン・マンダDaeng Manda氏の指導の下、地域の少年たちによる再現が行われました。男性のパカレナでは、扇子だけでなく、クリス(剣)、槍も手に取って踊ります。
これはパカレナの第一人者Wiwik Sipala女史が指揮し、観光文化省の助成するプロジェクトです。この模様はTVRIが収録しており、そのうちテレビ放映されることになりますが、放映日は未定です。

You Tube - pakarena bura'ne Kasuwiang (bagian 1) 7:26
http://www.youtube.com/watch?v=DNlie7lDegI&feature=related

You Tube - pakarena bura'ne Kasuwiang ( bagian 2) 2:16
http://www.youtube.com/watch?v=yoa40IliAQo

このプロジェクトの情報は芸術局長から聞いていました。彼はこの公演・収録に出席し、ダエン・マンダ氏について踊っています。その映像が以下のリンク。

You Tube - Daeng manda's Duet 1:44
http://www.youtube.com/watch?v=ZWNJYAOaoXA

Daeng Manda師(80歳)(向かって左)について踊るDirektur KesenianのSulistyo Tirtokusumo氏(向かって右)

さすがにジャワ男性優形舞踊の第一人者だけあって、初めてその場で踊っているにしてはとてもいい踊りです。彼自身、ジャワ舞踊と精神的には同じものなので動きにすんなり入れたと言っていました。

このプロジェクトに参加した少年たちは舞踊の素養はあまりなかったようですが、この公演・収録に当たって断食を3日間行い、ルルール・ヒタム(黒いルルール、ジャワでは黄色っぽい色のルルールを肌に塗ります)を施し、本格的な儀礼の手続きを経て臨んだため、技術的な未熟さを補ってあまりある雰囲気が生まれたということでした。
私が、芸術局長にもらったチケットで見たカンボジア舞踊公演で、儀礼を舞踊化した作品は良くなかった、形だけ儀礼にしても魂がない、と言った言葉に対する彼の返事でした。


Pakarena bura'ne kasuwiang
(文/映像:Ancusegabudaya, You Tubeより)

Tari yang juga hidup dan berkembang di komunitas suku Gowa & suku Pangkep (Pangkaje'ne kepulauan) ini di mainkan oleh kaum laki-laki yang berjumlah 12 (dua belas) kaum laki-laki. Hla tersebut merupakan transpormasi wujud dari tiga tingkat alam kehidupan manusia, yakni alam atas (rate) alam tengah (tangga) alam bawah (irawa) serta 9 (sembilan) lubang kehidupan pada tubuh manusia. Tarian ini berfungsi sebagai pengusir roh jahat & wabahpenyakit,.
Pakarena bura'ne Kasuwiang juga ditarikan pada saat panen padi berhasil, hal tersebut merupakan eksperesi suka cita & rasa syukur kepada Dewa padi (sangiang serri).
Dalam lontara' pau-pauanna sere' A' jaga ri butta Gowa disebutkan bahwa tarian tua di daerah Gowa pada umumnya bersifat ritual nan sakral, salah satu diantaranya adalah tari pakarena bura'ne Kasuwiang. Tarian ini diiringi nyanyian (royong) yang merupakan simbolisasi dialog antara hamba Dewa (Lamarupa) dengan Dewa penjaga empat sudut dunia.
Setelah agama Islam amsuk di daerah Sulawesi Selatan khususnya di daerah Gowa pada paruh abad XVI yang kemudian menjadi agama resmi kerajaan Gowa, Pakarena Bura'ne Kasuwiang menjadi tari kebesaran istana kerajaan uang selanjutnya menjadi tari perang dan ditarikan mengantar atau menjemput kepulangan pasukan perang kerajaan Gowa.
Seperti pada tari sere'jaga Nigadang yang direkonstruksi oleh Bapak daeng Manda tahun 1974-1986, tari pakarena bura'ne yang kita saksikan sekarang ini adalah juga rekonstruksi yang dilakukan sejak tahun 1994-2010. Menurutnya, tari sere' jaga Nigadang dan pakarena bura'ne adalah dua serangkai tari yang memiliki Sumange' (keyakinan & keindahan) dan filosofi kehidupan yang sama, Gaukangi ni passuruang, nililiangngi papisangkayya ( kerjakanlah apa yang diperintahkan & jangan melakukan apa yang dilarang sang DEWA).
Kedua tari tersebut disusun berdasarkan penafsiran atas sedikit lontara' yang tersisa milik leluhurnya, yaitu lontara' pau-paunna se're A'jaga ri Butta Gowa dan pau-paunna (cerita) sang nenek yang tertulis maupun yang disampaikan secara lisan. Selanjutnya dikatakan bahwa rekonstruksi dua tarian tersebut dilakukan semata-mata karena panggilan jiwa dan sekaligus merupakan tanggung jawab moral sebagai penerus warisan leluhurnya.
5/31踊ります
5/31-6/1にジャワ島北海岸の町トゥガルにおいて「パンチャシラの日」記念儀礼が行われ、その催しの中で踊ります。今年で5回目くらいらしいです。儀礼的な舞踊を踊る人ということで私に依頼がきました。来れそうという方、大歓迎です!ご連絡ください。入場自由です。

Peringatan Hari Pancasila 2011

会場: Padepokan Wulan Tumanggal
Jl.Cempaka Desa Dukuhtengah, Kec.Bojong,
Kab.Tegal, Jawa Tengah

5月31日 (Selasa Wage)
19:00 オープニング
19:30-21:00 Sukuran dan 夕食
21:00-24:00 Tarian
-sendratari "Garuda Sakti" oleh Karang Kamilyan dari Ciparai
- tari Gebyar Duduk dari Bali
- tari "Myojaku Asmaradana Eling-Eling" 冨岡三智

6月1日 (Rabu Kliwon)
24:00-01:00 Sujudan Agung PANCASILA
09:00-10:00 Upacara Bendera
10:00-12:00 Tarian Nusantara
- Gendhang Ramoat (西ジャワ)
- Maung lugaiy (Macan Bangkit) (西ジャワ)
- Gambyong & Gatotkaca (地元)
- Reog Ponorogo (東ジャワ)
- Gambyong Gambirsawit oleh 冨岡三智
12:00-13:00 昼食
13:00-16:00 Pembinaan "Hari Pancasila"
16:00 閉会式

Panitia: Perguruan Trijaya
Padepokan Argasonya - Pusat Tegal

Sekretariat: Jl.Layang No.9, Tegal Barat, Tegal,
Jawa Tengah 52311
Telp 0283-356220

*演目は順不同。

1日目に上演する自作「妙寂 Asmaradana Eling-Eling」は2002年作で、曲はMartopangrawit。
2日目はグンディン形式の曲の伝統的なガンビョン。

5/15 Matah Ati公演 追記
"Matah Ati"公演に関して

http://oase.kompas.com/read/2011/05/13/02390753/FOTO.Pentas.Spektakuler.Matah.Ati より

JAKARTA, KOMPAS.com ; Pentas tari kolosal "Matah Ati" sukses digelar khusus untuk wartawan di Teater Jakarta, Taman Ismail Marzuki, Kamis (12/5/2011) malam.
Pementasan tari karya sutradara Bandoro Raden Ayu Atilah Soeryadjaya itu melibatkan 78 orang penari. Pentas tersebut benar-benar merupakan pertunjukan budaya dengan koreografi dan musik tradisional yang didukung teknologi dan tata lampu modern yang tidak merusak pakem tradisi tari Jawa.
Sang penata artistik panggung, Jay Subyakto, memakai panggung berbahan metal berkemiringan 15 derajat yang dilengkapi electronic trap door berukuran 14 x 14 x 2,5 meter. Itu merupakan salah satu cara membangun efek spektakuler yang menarik banyak kalangan untuk menonton tari tradisional.
Pertunjukan tari kolosal yang diangkat dari cerita sejarah bangsa itu akan dibuka untuk umum pada 13-16 Mei 2011 di tempat yang sama.
Sebelumnya, "Matah Ati" sukses digelar perdana di Teater Esplanade, Singapura, 22-23 Oktober 2010 dengan disambut tepuk tangan meriah serta pujian.




013 - コピー主役の螺鈿・マス・サイドを演じたファジャールと

006 - コピー振付(右3人)とアリス君(左)

009 - コピー鞭を持って踊ったボビーと

012 - コピーマター・アティの出身村の女たちを演じたグループ、Sahitaサヒタと
5/15 "Matah Ati"公演を見る
5.15(日)夜の"Matah Ati"公演を見るためジャカルタへ。

"Matah Ati"
日時: 2011年5月13日(金)~16日(月)20:00~(開場19:00)
会場: Taman Ismail Marzuki, Graha Bhakti Budaya (teater besar)
料金: VIP, klas 1-750,000Rp (1階), Klas 2-500,000Rp(2階), Klas 3-200,000Rp(3階)
初演: 2010年10月22-23日、Esplanade Theatre, Singapore

1 writer/director/producer/costume design: Atilah Soeryadjaya
2 artistic director: Jay Subyakto
3 musical director: Blacius Subono
4 choreographers: Daryono, Nuryanto, Eko Supendi
5 main characters:
  Fajar Satriadi (Raden Mas Said)
  Rambat Yulianingsih (Matah Ati)


なんとこの公演はチケット完売。特に13日と16日が早く売り切れてしまった。これは主催者側でも予期してなかったようで、結局チケットが入手できなくて見れなかった友達も現にいた。芸術関係者でない一般人の金持ち~中堅層の人たちが観客の大半を占めており、そのことに感動。私の隣に座った人たちも、ソロ出身で現在はジャカルタの企業で働いているという20~30代始めの女性の2人連れで、チケットは高いけど、たまには劇場に足を運ぶという人だった。パンフレットは50,000Rpと高い(ソロの劇場の料金より高い!)が、この2人組もパンフを買っている。インドネシアも、中間層の人たちがちょっと背伸びをして劇場に足を運びたくなる、という時代になったんだなあ。

Graha Bhaktiだが、旧の建物の横にガラス張りの新築が建っている。昨年末にオープンしたらしい。しかし、3階席に行くのに、2階までしかエスカレータがなく、そこでエレベータに乗り換えて3階までというのは…。しかも、エレベータでは地階から3階まで通して行けない。なんという中途半端な施設!それに舞台のセリ(これはこの公演のための特注らしい)のセリ上がり方とか開閉の仕方がややチャチで、その辺りがインドネシアなんだよなあ。舞台装置に関しては、昨年見たマレーシアの国立劇場に負けている。けれど、こんなに舞台装置と照明にお金のかかった舞踊の舞台公演はインドネシアで初めて見た。

**

演目のマター・アティMatah Atiはマンクヌゴロ王家を創始したラデン・マス・サイド王子の妻の名前で、王家創始に至るまでの闘争と、2人の愛の物語がテーマ。主演の2人を見ても分かるように、これはラングン・ドリアンのように、またはパドネスワラ舞踊団の公演のように、踊り手が歌いながら踊る舞踊歌劇。

プロデュースしたBu AtilahはマンクヌゴロVII世の孫で、大金持ち。アート・ディレクターのJayはビジュアルアーチストで、写真、音楽ビデオ、テレビなどで活動しているらしい。だから、この舞台のビジュアル面は、先端ファッション雑誌に掲載しても遜色ないというものだ。こんなにきれいな舞台写真は見たことがない、というか、現実の舞台よりきれい。

しかし、舞踊公演としては照明は目にまぶしすぎて、舞踊の微妙な動きまで見えない。オープニングでは花火まである。全体的にファッション・ショー感覚の照明。また音響も伝統芸術にはやや不慣れのようで、スカテン楽器も使った壮麗な音楽のシーンはいいとして、グンデルやルバーブの音色が前に出るシーンではちょっと音がきついと感じる。

出演者は、主演、群舞、演奏ともほとんどすべてソロから。ジャカルタからはBu Elly Luthanとかがちょっと出てるくらい。ジャカルタのジャワ舞踊家たちはジョグジャの踊り手、音楽家とほとんど組むことがない。ジョグジャの方が閉鎖的で、コラボレートしにくく、ソロの方がオープンマインドなのだと芸術局長は言う。振付の3人も、音楽ディレクターもソロの芸大の現役教員だ。

演出としては、闘争で多くの兵を失う悲しみや、最後に愛が成就するシーンなどでは、内面の深みの表現が足りてなくて浅い。その代わり、群舞のシーン、舞台にあふれる造型美術は美しい(私の好みではないものもあるが)。これはアート・ディレクターが舞踊出身の人ではなく、ビジュアル重視の人だからだろう。この現状の観客層には受けていたけれど、今後はメインの舞踊のシーンの深みを出すようにしていかないと、観客層は育っていかないかなあ、それが今後の課題だなあと思う。せっかくこれだけの人が芸術に関心を寄せるようになったのだから、その人たちにやっぱりいい舞踊が分かるようになってほしい。

**

翌日、朝から昼すぎまで、出演していたBu Ellyに会いに行って、いろいろと公演の感想を話しあう。出演者は皆このTIMの真ん前のホテルに泊まっている。芸術局長からも「夕べの公演はどうだった?」と電話が入って、3人であーだこーだと話す。彼は初日の13日に見に行ったところ、マンクヌガラン王家やソロ王家の関係者がずらり勢揃いして見に来ていて、マンクヌゴロ王家の王弟のヘルワスト王子の長い講釈にすっかりつかまってしまったらしい。

そうこうしているうちにEllyのだんなのDeddy Luthanも来る。彼は今度7月1,2日でジャカルタ芸術劇場=GKJで公演する。私はこの夫婦に2003年以来師事していて、ジャカルタに来ると必ず訪問し、練習を見せてもらったりディスカッションしたりする。また7月に公演を見に来なくては。
5/12 画廊のオープニング記念イベント
ジョグジャ滞在中の作曲家・野村誠さん夫妻から、夜の11時前に、たまたま通りかかった所で画廊のオープニングパーティーを夜通しやってるけど来ない?と連絡をもらい、それならせっかくだし…と出かける。
この画廊は国立芸大ジョグジャカルタ校の大学院の近く。Langgeng Art Foundationという名前で、2階建て(3階建て?)の大きなビル、その中で一晩ビジュアルアートの展示をしているという。私の後に、Hさんも夜中の1時くらいになってから呼び出され、結局2時過ぎまでダベる。

オーナー夫妻にも会ったけれど、彼らは株取引とか、建築用石材の輸出とかいろんなビジネスをやっていて、その傍ら私財を投じて画廊を作ったらしい。「画廊は単なるホビーなの」とのたまうオーナーの奥さんの言葉に、「ホビー!?」と貧乏人の私たちは反応。

でも、こういう金持ちが芸術を支えているのも事実で、願わくばこの画廊が末長く続きますように…。