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1/15 びいなすクルーズ船上でのスリンピ公演
今年早々、ぱしふぃっく・びいなすという豪華客船(日本船籍で二番目に大きい船だとのこと)上で舞踊を披露する機会に恵まれました。私とジャカルタ在住の舞踊家3人で、スリンピの上演やレクチャーをしました。船は1月11日に神戸港を発ち、翌日横浜でも乗船客を乗せたあと、「西オーストラリア・アジア楽園クルーズ」約40日間の旅に出発。私たち一行は13日に第1回目のレクチャー、15日にジャワ宮廷舞踊「スリンピ・スカルセ」完全版43分(入退場を除く)を上演しました。その後2回レクチャーをしましたが、まずは、メインショーのスリンピ公演の様子が、この船のブログに掲載されましたので、リンクします。

http://www.venus-cruise.co.jp/mtos/cruise_log/2012/01/2012-4.html

追ってまた船での写真など掲載していきたいと思います。
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水牛1月号
今月の「http://www.suigyu.com/" target="_blank" title="http://www.suigyu.com/">水牛」の「水牛のように」コーナーでは「チャンディより謹賀新年」を書いています。

本文を以下にアップしました。(2012.4.2)




チャンディより謹賀新年

2011年大晦日から2012年元旦にかけて、中部ジャワのソロ市郊外にあるチャンディ(ヒンズー遺跡)・スクーで「スラウン・スニ・チャンディ」という催しがある。この遺跡はマヤのピラミッドみたいな形をしていることで有名で、旅行ガイドブックには必ず載っている。ラウ山というジャワの霊峰の麓にあり、近くにチャンディ・チェトなど他にもいくつかの遺跡がある。ソロを拠点に瞑想的なダンスで後身の舞踊家に大きな影響を与え、ヨーロッパにも弟子がたくさんいるというプラプト氏が毎年この寺院でやっている催しで、今年は例年より規模が大きいと、地元のタブロイド新聞には出ていた。私はこれに出演するため、30日からソロに来ている。

かねがねチャンディで踊りたいという希望があったので、出演依頼がきた時に9月に初演した自作の話をしたら、チャンディにふさわしい雰囲気だと向こうも乗り気になる。で、30日、ソロに着いて衣装を借りに行ったら、観光文化省(おっと、今は改称して観光・創造経済省)の人たちと鉢合わせ。芸術局長がこの催しに出席するとは聞いていたが、信仰局長も入れて6,7人くらいの大所帯で来て、しかも皆ちゃんとジャワの正装をするらしい。そんな大層なイベントだったのか…。

にしても、私が今回踊る曲は9月に信仰局長も見ていて、しかも、曲こそ違え、同じ衣装を着て私が5月にトゥガルで踊った時も、局長は見ているのだった。「また、この衣装か」と思われたらどうしよう。実は、私が出演した昨年5月、9月、そして今回の催しは、いずれもクジャウィン(ジャワ神秘主義)信仰の人達が主催するという共通点がある。だから、信仰局長といつも会ってしまうのだ。ジャワの芸術関係者ばかり見ている目にはクジャウィンは珍しくもないように思えるが、インドネシア全体では少数派で、多数派のイスラム教徒からは受け入れられにくい存在らしく、国の信仰局や芸術局としてクジャウィンの活動をバックアップしたいというところらしい。

というわけで、今年の正月はチャンディで迎えることになりそうです。本年もよろしくお願いいたします。
宮廷舞踊映像
以下のビデオに、ジャワのスラカルタ宮廷の舞踊の映像がちらっと入っています。"manglung"の右手の形(おばさんが宮廷の踊り手だった人の情報によると、そのおばさんもこういう右手の形でサンプールをつまんでいたらしい)、サンプールの払い方(腰元で払う、ちょっとチレボンぽい)、そしてコスチューム(スリカンディのかぶり物にワリン=髪に見立てた黒布)に注目!

"Peoples Of The Indies, 1940s"
http://www.youtube.com/watch?v=a347rzSBrtY
uploaded by travelfilmarchive

特記によると、この映像は「U.S. military film about the inhabitants of the East Indies in the 1940s. Footage from this subject is available for licensing from www.travelfilmarchive.com」。ということで、米軍が撮影した1940年代の東インドということになります。
訃報2件
2011年12月26日 ISI Solo舞踊科教員のSunarno Purwolelono(Mas Narno)氏没。マス・ナルノは芸大ソロ校がASKIと言われた頃から、同校の舞踊をけん引してきた舞踊家、振付家。荒型でクロノを得意とする。

2012年1月3日 元Taman Budaya Jawa Tengah di Surakarta (通称TBS)所長のMurtidjono氏没。タマン・ブダヤが1981年だったかにオープンして以来ずっと所長をつとめ、私が2007年6月にブドヨ・パンクル公演をしたときも所長で、その公演後1か月もしないくらいの時期に定年退職された。実は公演に当たっては反対した人もいた(ブドヨを完全版で上演するということに対して)のだが、必要なことだと擁護してくれた人。

ご冥福をお祈りします。
12/15 Seminar Nasional Etnika Fest
2011年12月15日9:00~15:00 ガジャマダ大学(UGM)にて
Seminar Nasional Etnika Fest "文化変容に対する民族音楽の役割

というセミナーに参加

エアコンのない会場、安価なスナックと食事、おみやげのかばんと参加証明書がついて、一般で70,000Rp, 学生でも50,000Rpという値段設定は少し高くないか?同じUGMでその前にやっていたいくつかの会議はだいたい一般でも40,000Rpだった。でも、この回はSujiwo Tejoという有名な音楽家が来るというのが目玉で(かく言う私もそれが目当てで参加)、しかも他にジャカルタからのスピーカーいたので、それで高かったのかも。

Sujiwoの話は、半分くらいが歌で、公演の間にレクチャーが入っているような雰囲気。彼は自らの拠り所としてモチョパッなど(ジャワの伝統歌謡)なども歌ったのだが、まさかそういうのも聞けるとは思わなかった。けれど、やっぱりうまいし、惹きつける力がある。全体の終了後、スタッフの学生がSujiwoに殺到して写真大会になっていたが、やっぱり、会議というよりコンサートという感じのノリだ…。
12/14 テアトル・ガラシ公演見る
日時: 2011年12月14日21:00~
場所: Teater Garasiスタジオにて
演目: "Goyan Penasaran"


元テアトル・ガラシ女優のNaomi Srikandiが演出(ちなみに彼女はレンドラの娘さん)。アートマネジメント会議に来て残っていた人たちも一緒に観劇。公演は14~16日の19:00~と21:00~。会場が狭いので1回につき50人限定という公演だった。

ホームページに掲載されているあらすじのだいたい(合っているであろう)の訳は以下の通り。

サリマは好奇心をそそるダンドゥット歌手。暮らしている村ではダンドゥットで腰をくねらせて踊るのが盛んだが、多くの人に非難されもする。彼女が生娘かバツイチかは不明。男どもは皆喜んで彼女にひざまずく。ソリヒンはパリッとした若者でのちに村長になるが、申し込んで断られてもあきらめない奴。女の子を奪い取るまでは死んでもあきらめない。だが、サリマはただひたすらハジ・アフマッド(ハジはメッカ巡礼を果たした者の称号)の目を求める。以前はコーラン朗誦の先生だった彼の目を。彼の見開いた目、まるでサリマがアン・ヌル(アラビア語で光の意)の書を読むのを見るかのように、まるでその女が穢れの根源だとでも言うように。その怒った目は、舞台から降りろと強いる。その目は、彼女を死ぬまで胸に抱こうと欲望する。死ぬまで…。
踊りとは死。だから今まで、彼女はまだ何かを求めている。
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