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5/12講義(4)
今年前期、大学で非常勤講師しています。

講義題目: インドネシア伝統芸術の形成(ジャワ舞踊)
本日、第4回目の内容は「ブドヨ・クタワン以外のジャワ宮廷舞踊」
水牛原稿目次 '07
高橋悠治氏のサイト「水牛」に2002年11月から寄稿している原稿も多くなりましたので、目次を作ってみました。少しずつアップしていきます。原稿はすべて「水牛」のバックナンバーに保存されています。

「水牛」 http://www.suigyu.com/
→「水牛のように」コーナー
→バックナンバー


2007年1月 ―
2007年2月 ジャワに舞う能
2007年3月 プンドポという空間
2007年4月 11月のスリンピ公演~公演の周辺
2007年5月 11月のスリンピ公演~舞踊について
2007年6月 都市文化という意識
2007年7月 第4回インドネシア舞台芸術見本市
2007年8月 舞踊の小物について
2007年9月 己が姿を確かめること ―その1 鏡を使うこと―
2007年10月 インドネシアでのテレビ出演
2007年11月 己が姿を確かめること(2)ビデオを使うこと
2007年12月 エコー診断と透視
水牛原稿目次 '06
高橋悠治氏のサイト「水牛」に2002年11月から寄稿している原稿も多くなりましたので、目次を作ってみました。少しずつアップしていきます。原稿はすべて「水牛」のバックナンバーに保存されています。

「水牛」 http://www.suigyu.com/
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2006年1月 年末年始の時間~赤穂浪士からとんどまで
2006年2月 ここ10年のインドネシアと日本(1)スハルト時代の終わり
2006年3月 ここ10年のインドネシアと日本(2)電話
2006年4月 ここ10年のインドネシアと日本(3)インターネット
2006年5月 ジャワ舞踊の衣裳
2006年6月 ジャワ島中部地震の報道について
2006年7月 風景が変わること
2006年8月 踊りの謝礼~1
2006年9月 ―
2006年10月 ガリン・ヌグロホの映画「オペラ・ジャワ」を見て
2006年11月 動きを揃えること
2006年12月 師を亡くす
水牛原稿目次 '05
高橋悠治氏のサイト「水牛」に2002年11月から寄稿している原稿も多くなりましたので、目次を作ってみました。少しずつアップしていきます。原稿はすべて「水牛」のバックナンバーに保存されています。

「水牛」 http://www.suigyu.com/
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2005年1月  ―
2005年2月  振付家名のクレジット(1)
2005年3月  振付家名のクレジット(2)
2005年4月  振付家名のクレジット(3)
2005年5月  振付家名のクレジット(4)
2005年6月  昼間の停電に思う
2005年7月  IPAM=インドネシア舞台芸術見本市 その1
2005年8月  IPAM=インドネシア舞台芸術見本市 その2
2005年9月  ―
2005年10月 プカンバルより その1
2005年11月 プカンバルより その2
2005年12月 男性群像の魅力
水牛原稿目次 '04
高橋悠治氏のサイト「水牛」に2002年11月から寄稿している原稿も多くなりましたので、目次を作ってみました。少しずつアップしていきます。原稿はすべて「水牛」のバックナンバーに保存されています。

「水牛」 http://www.suigyu.com/
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2004年1月  アジアのコラボレーション(2)
2004年2月  心をとらえるもの
2004年3月  ラサを支えるもの
2004年4月  私のスリンピ・ブドヨ観
2004年5月  踊り手の人数
2004年6月  バンバンガン・チャキル
2004年7月  マンクヌガランの観光舞踊
2004年8月  ―
2004年9月  独立記念日と芸術あれこれ
2004年10月  お彼岸雑感
2004年11月  日本の獅子舞、インドネシアの獅子舞
2004年12月  「大野一雄の宇宙と花」によせて
水牛原稿目次'02-'03
高橋悠治氏のサイト「水牛」に2002年11月から寄稿している原稿も多くなりましたので、目次を作ってみました。少しずつアップしていきます。原稿はすべて「水牛」のバックナンバーに保存されています。

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2002年11月 ラントヨ
2002年12月 ジャワ・スラカルタの伝統舞踊(1)宮廷舞踊

2003年1月  ジャワ・スラカルタの伝統舞踊(2)民間舞踊
2003年2月  ジャワ・スラカルタの伝統舞踊(3)新しい舞踊
2003年3月  ジャワでの舞踊公演(1)公演の背景
2003年4月  ジャワでの舞踊公演(2)
2003年5月  結婚式での舞踊
2003年6月  スラカルタの年中行事(1)
2003年7月  スラカルタの年中行事(2)
2003年8月  ―
2003年9月  ―
2003年10月 舞踊とリハビリ
2003年11月 ―
2003年12月 アジアのコラボレーション(1)Realizing Rama
ポテヒDVD発売!
昨年に関わっていたポテヒ・プロジェクトのDVDが完成しました!!
以下、ポテヒ日本公演実行委員会のブログサイトより…
http://potehi2014japan.blog.fc2.com/blog-entry-74.html
実行委員会のブログのメールフォームに申し込むようになっておりますが、このブログに直接お申込みくださった方が早く応対できます。


アジアの人形劇能:ポテヒ(布袋戯)日本公演
―台湾とインドネシアから―
Asian Glove Puppet Theatre "Potehi" Japan Tour 2014

解説書+葉書2枚付
定価: 税込2500円


ポテヒDVD表

ご希望の方は、送付希望住所、氏名、電話番号、希望数をご明記の上、メールにてお申し込みください。
その後DVD代金と送料をお振込みいただき、入金を確認した後、DVDを発送いたします。
お申込後、数日経っても当方からの返信メールがない場合は、恐れ入りますが、再度ご連絡をお願いいたします。

●内容

インドネシア: Fu He An(福和安)
 ・オープニング・パレード(by 台湾・台原偶戲團)
 ・Fu Lou Shou 福禄寿
 ・Kwee Tjoe Gie(Titisan Harimau Putih)「郭子儀、唐の国を守る」


台湾: 台原偶戲團(Taiyuan Puppet Theatre Company)
 ・オープニング・パレード(by インドネシア・Fu He An)
 ・扮仙戲 Ritual opening performance "Blessing of the Three Immortals"
 ・臺灣偶戲萬花筒 A Sea of Puppets


(2014年9月21日 横浜にぎわい座・のげシャーレ)

●公演スタッフ

舞台監督: 剱持まり
照明:    小池みのり
大道具:   平井利典
舞台協力: 入野智江
写真・ビデオ撮影: 古屋均、木田新一
宣伝美術: 剱持まり
ブログ制作: 冨岡三智
制作:    伏木香織、冨岡三智、和田直子、剱持まり

監 修: 伏木香織
発 行: ポテヒ日本公演実行委員会
著作権: Çà et là Media Create
水牛5月号「インドネシアの『世界ダンスの日』」
高橋悠治氏のサイト「水牛」の2015年5月号に、「インドネシアの『世界ダンスの日』」を書きました。4月29日はユネスコ傘下のNGOが提唱するWorld Dance Dayで、インドネシアでも2007年からそのイベントが始まりました。

http://www.suigyu.com/
 ↓
「水牛のように」コーナーに入っています。
※2002年11月号からほぼ毎月寄稿しています。バックナンバーも全部読めます。(直近のものはアップされるまで少し時間がかかります)

■関連サイト
協力:スラカルタ市のサイト
http://surakarta.go.id/konten/hari-tari-sedunia-di-kota-solo-meriah
主催:インドネシア国立芸術大学スラカルタ校のサイト
http://isi-ska.ac.id/isi-surakarta-memperingati-hari-tari-dunia-solo-24-jam-menari-tahun-2015/



インドネシアの「世界ダンスの日」

4月29日はユネスコ傘下のNGO、インターナショナルダンスカウンシル(IDC)が1982年に設定したワールド・ダンス・デイで、この日は世界各国でアマ・プロを問わずダンスの企画が展開される。インドネシアでは2007年スラカルタ(通称ソロ)にある芸大で始まったのが最初のようで、実は私はその第1回目に出演している。というわけで、今月は2007年のインドネシアでのワールド・ダンス・デイの様子を報告したい。

2007年の初回以来、このイベントは「24 jam Menari(24時間踊る)」と銘打たれ、4月29日の朝6時に始まり、翌30日朝6時までノンストップで続く。2007年当時の新聞記事によると、このイベントに約1500人が出演し、うち芸大教員、学生、OBが約1000人、学外から500人だったという。第9回目となる今年の出演者は138団体、約3000人にのぼったという。

このイベントは芸大の舞踊科と市の協力で始まり、現在では芸大キャンパスだけでなく、芸術高校、ショッピングモール、市内メイン・ストリーなど市内各地に会場があり、また昨年は郊外にあるソロ空港などでも開催されたようだが、第1回目はキャンパス内だけで行われていた。

第1回目の進行は、私の記録によると、次のようである。朝6時から学長棟の前の広場で開始の儀(当然ダンス)があり、7時からF棟、9時からフマルダニ劇場、10時からI棟、11時35分からエデン庭園、12時40分からJ棟、2時から学長棟前の広場、5時50分から船劇場(船の彫刻を置いた野外劇場)、8時35分からプンドポ(ジャワの伝統的なオープン・ホール)、11時から大劇場、明け方5時から6時まで大劇場前の広場、という風に、キャンパス内の授業棟や施設を転々とするように、そして、1つ1つの演し物の間に空き時間がないようにイベントが組まれた。つまり、誰かが上演している間に次の催しの準備も進んでいて、その演目が終わるや否や、間髪を入れずに次の演目が続くのだ。そして、それらの時間割のように組まれたイベント以外に、企画代表のエコ・スペンディ(舞踊科教員)が24時間ぶっ続けで踊り続ける。彼自身もキャンパス内を転々として踊り続け、あるイベントの横で踊っていることもあれば、誰も見ていないような所で踊っていることもある…。

私が出演したのは、朝10時5分から10分間、I棟(舞踊科の講義棟)の1階エントランス部分だったのだが、記者や他の出演者や観客で、黒山の人だかりだった。24時間の中でハイライトは夜の催しだから、正直、午前中からこんなに人が押しかけてくるとは思わなかった。ちなみに私の演し物は、当時バニュマス地方のワヤンの曲を勉強していた友人の弾くグンデル楽器に合せて、日本の着物を着て中部ジャワ風の踊りをするという、受け狙いの妙なもの。

午後2時から広場で行われていたのは、大道芸であるレオッグ(東ジャワの虎舞)やドララ、バロンサイ(華人芸能の獅子舞)など。芸大でやったせいか、いずれもかなりハイレベルの芸だった。夜にプンドポで上演されたのは伝統舞踊で、ソロはもちろん、バリやスラバヤ、アチェ(スマトラ島)の舞踊に、ジャカルタのデディ・ルタン・ダンス・カンパニーという有名な舞踊団の公演があった。その後、大劇場はクローズドのせいかコンテンポラリ舞踊中心。私はたぶん、夜中はちょっと寝たけれど、明け方の閉会の儀は見たような記憶がある。今年のイベントの目玉は、パプア、トゥガル(中部ジャワ北海岸)、バニュワンギ(東ジャワ)、ジャカルタからの出演だったようだ。

インドネシアでは正月や独立記念日の前に一晩寝ずに過ごしたり、影絵の一晩公演などが当たり前に行われたりするせいか、24時間ぶっ続けで何かやるという発想は全然奇妙ではない。それどころか、以前、ジャカルタのタマン・ミニではソロ出身のムギヨノというダンサーが35時間ぶっ続けで踊るという企画があったし(彼は交代しなかったけど、演奏者は何組かいて交代したそうだ)、私がスラカルタの芸大に留学したときに履修した振付の講義で、一晩授業(午後8時頃集合~明け方5時頃解散)をやった教員もいる。ダンスのパワー自体が、インドネシアではまだまだ強いなあと感じる。