FC2ブログ
 
"Water Stone"(2008年の作品)映像公開
現代舞踊家の藤原理恵子さんと私のジャワ舞踊のコラボレーション作品のビデオをyoutubeで公開しました。2008年にインドネシアのフェスティバル(見本市となっていますが)で上演したものです。当時はまだビデオ映像をyoutubeにアップするような時代でもなく、今までひっそり埋蔵されていました。なお、このブログの記事分類「ジャワ舞踊出演」をクリックし、次に「 '08 リアウ現代舞踊見本市VI 」をクリックしていただくと、当時の公演に関する一連のブログ記事が読めます。

ビデオリンク➡ https://www.youtube.com/watch?v=XUq0Ik682z4



作品名: "Water Stone"
第6回リアウ現代舞踊見本市 にて初演
上演日: 2008年8月7日
会場: Anjung Seni Idrus Tintin-Bandar Seni Raja Ali Haji
    (インドネシア・リアウ州プカンバル市)
コンセプト: 冨岡三智
舞踊: 冨岡三智&藤原理恵子
音楽: 七ツ矢博資
サムネイル写真: Pandhuagie


Title: "Water Stone"
World Premiere in the 6th Riau Contemporary Dance Mart (PASTAKOM VI)
date: 7 August 2008
venue: Anjung Seni Idrus Tintin-Bandar Seni Raja Ali Haji
(Pekanbaru, Riau, Indonesia)
Concept Making: Michi Tomioka
Dance: Michi Tomioka & Rieko Fujiwara
Music: Hiroshi Nanatsuya
Thumbnail Image: Pandhuagie


以下、写真はすべてPandhuagie撮影(ビデオのサムネイルも)。このすぐ下の写真、藤原さんと私がシャム双生児みたいになっている写真は、2008年8月9日、コンパス紙全国版の第一面に掲載されました。

コンパス写真

コピー ~ DSC_0306

コピー ~ DSC_0298

コピー ~ DSC_0311

コピー ~ DSC_0320

コピー ~ DSC_0285
2020.01水牛「ネズミのいる生活」
高橋悠治氏のサイト『水牛』の
2020年1月」(水牛のように)コーナーに、
ねずみのいる生活」を寄稿しました。

※ ちなみに私の過去記事は以下から読めます。
『水牛』冨岡三智アーカイブ 
『水牛』冨岡三智アーカイブ 未収録記事一覧 



ネズミのいる生活

今年は子年というわけで、今月はネズミとの思い出をあれこれ語ってみよう。

●留学前の日本での話~
ある夜、風呂上がりのあと台所で本を読んでいたら、オーブンの下からすぐ近くの棚の下に何かが走った気配がする。直接姿を見ていないが、これはネズミだなと直感。しばらくすると、もう少し距離が離れたコーナーの物陰に走る影。またしばらくすると、今度は素早く移動せず、様子を伺いながら出てくる。果たしてネズミだ。物陰でない所にまで出て来たから、私の存在にはまだ気づいてなさそうである。このまま悟られなかったら私の勝ち…と勝負を挑む気になり、私は息をひそめ、視線は床に落とさず、気配を消した。…ネズミは物陰のない所を横断して、私のいる食卓の方に近づいて来た。が、まだ私に気づかない。…私は木になりきろうとする。…私の足元の近くまで来た。…私は緊張感を出さないように気をつける。…が、ここでネズミがいきなり私の足の甲に上ってきた!しばらく我慢したものの、ついに足が浮いてしまった。当然、ネズミの方も驚いてオーブンの下に一直線に逃げ込んでしまった!(実は食卓はオーブンの近く)ネズミにとっては、私の足は小山にしか見えなかったのかもしれないが、いくら何でも足に上った時点で気づきそうなものだ。私の気配の消し方がうまかったというより、あのネズミの方が鈍感だったように思えてならない。

●ジャワの話
最初の留学時に住んだ家には、二階の物干し場に上がる階段の中にネズミが住んでいた。何匹かいたかもしれないが、私が目にする時はいつも1匹だけだった。この家ではその階段がある家事部屋が一番奥で、次に水浴場と水屋があり、次に寝室があり、一番手前が客間になっていた。入居当初はネズミも警戒心が強くて家事部屋でもなかなか目にすることもなかったのに、いつの間にか水浴場に、さらに寝室に進出してくるようになった。とはいえ、私が気づくと猛ダッシュで階段の方に駆け戻る。私は家にいるときは客間で舞踊の練習をしていることが多かったが、そのうち寝室との境(ドアはついてない)の所にまで来る気配がするようになった。その頃には、私がネズミを目撃しても昔ほど速攻でダッシュせずに一呼吸おいて逃げ出したり、ダッシュしても途中で一瞬立ち止まってこちらを振り返ったりするようになっていた。

そんなある日、私は男踊りの練習に疲れて床に腰を下ろしていた。腰の両脇に垂らしたサンプールという布はつけたまま、無造作に後ろに払っていた。壁にもたれてお茶を飲みながらぼーっとすることしばし…、さて練習を再開しようとサンプールを見ると、なんとサンプールの上にネズミが後ろ座りに座っている!目と目が合い、お互いにフリーズしてしまった。とは言え、ネズミの方が一瞬早く我に戻り、ダッシュで逃げ出す。普段はネズミの気配が分かるのに、しかも私が身に着けている布の上に座られているのに、全然気づかなかったのが不思議だ。それにしても、なぜサンプールの上に座ろうと思ったのだろう…。

このネズミは一度水浴び場の水溜めに落ちたことがある。夜中に私が机に向かっていると、水浴び場から急にパーンと物が飛ぶ音が聞こえた。さてはポルスターガイストか!?と気味が悪くなりつつ水浴び場に行くと、水溜めからパシャパシャ水音がする。見ればネズミが足掻いていて、私の顔を見るやキーキーと声を出して必死に鳴く。横に水浴び用のプラスチックの手桶が転がっている。さては、ネズミがこの手桶に飛び乗ったところ、手桶がひっくり返ってネズミが水溜にはまり、その反動で手桶は宙に舞って床に音を立てて落ちたのだろう…。トム&ジェリーみたいな状況だが、それしか考えられない。それはともかく、手桶を横にして水面に平行にネズミの方に近づけて掬い上げ、床に放してやると、いつもほどに機敏でないが階段の方に戻っていった。

この家のネズミには他にもいろいろと思い出があるのだが、どうも私を警戒しつつも存在には気づいてほしくて距離を縮めてきたような気配があった。家ネズミは2年以上生きることもあるそうだから、同一のネズミだったのではないかなと思っている。日本の我が家にいたネズミもそうだが、はしこい割には間抜けなところがあって、そこが愛嬌のあるところかもしれない。
訃報: Bambang Besur氏と三賀森康男氏
2008年に「島根・インドネシア 現代に生きる伝統芸能の交流」プロジェクトを企画実施し、ジャワ舞踊と岩見神楽のコラボレーション『オロチ・ナーガ』(2008年9月)を公演しましたが、それに出演してくださったジャワの舞踊家バンバン・ブスール Bambang Besur(本名:Bambang Suryono)氏が2020年1月22日に亡くなりました。そして、その翌日の1月23日には、岩見神楽の岡崎神楽社中代表(当時)三賀森康男氏もまた亡くなられました。あまりの偶然に呆然としておりますが、ここに謹んで哀悼の意を表し、当時の記録類をここにアップしておきます。

●写真
blog プレスリリース
このプロジェクトのプロモーション用に撮った写真。バンバン・ブスール氏と。

島根・インドネシア~ 061
じいさん、ばあさんの役が三賀森氏、座っている人物の奥側の方(と思う)

島根・インドネシア~ 011
公演終了後に皆で記念撮影。中央の額縁を持っておられるのが三賀森氏。

●『オロチ・ナーガ』映像
(1/3) OROCHI NAGA - introduction -
  公演前の案内
(2/3) OROCHI NAGA performance
  公演
(3/3) OROCHI NAGA - gratitude -
  公演後の挨拶   

●ブログ過去記事
記事分類=ジャワ舞踊公演
➡ '08 岩見神楽+ジャワ舞踊 

●サイト『水牛』に寄稿した記事
ヤマタノオロチと立ち合う」、『水牛』2008年7月号
6月、コラボレーションに向けて岡崎神楽社中さんと打ち合わせや練習をしてきた時のこと。

石見神楽とジャワ舞踊によるオロチ・ナーガ」」、『水牛』2008年10月号
公演前の練習から公演の時のこと



概要
石見神楽とジャワ舞踊の共同制作作品『オロチ・ナーガ』
公演日: 2008年9月7日
会場名: 島根県浜田市三隅町 湊八幡宮
出演者: 岡崎神楽社中、Fajar Satriadi、Bambang Suryono
      冨岡三智
事業名: 島根・インドネシア現代に生きる伝統芸能の交流
主催: 三保三隅百姓会・パサール満月海岸、
     島根・インドネシア 現代に生きる伝統芸能の交流実行委員会
助成: しまね文化ファンド、インドネシア観光文化省、
     Pia Alisjahbana
後 援: 在大阪インドネシア共和国総領事館
訃報: Ibu Saryuni Padminingsih
2020年1月18日、インドネシア国立芸術大学スラカルタ校(ISI Surakarta)教員のSaryuni Padminingsih氏が亡くなりました。私が男性舞踊&振付で師事するSilvester Pamardi氏の奥様で、私がスリンピやブドヨをジョコ女史に習っていた時、一番先に参加してくださり、スリンピやブドヨの公演では踊り手として、それ以外にも何かと助けてくださった先生でした。哀悼の意を示し、一緒に公演した写真や映像などを挙げます。

(1)2003年2月1日 「ダルマニン・シウィ」公演(振付 Djoko Tutuko)

Darmaningsiwi2.jpg
手前左がIbu Saryuni

Darmaningsiwi1.jpg
中央正面向きがIbu Saryuni

(2)2006年11月26日 宮廷舞踊「スリンピ・ゴンドクスモ」公演



20070304184256.jpg
手前右がIbu Saryuni

(3)2007年6月28日 宮廷舞踊「ブドヨ・パンクル」公演


Michi Tomioka from Kantor Pos on Vimeo.



pangkur1.jpg
右奥がIbu Saryuni


(1) 写真撮影 Hari Sinthu
(2)、(3) 写真撮影Heru Santoso
1/25 APPBIPA参加
2020年1月25日、在大阪インドネシア総領事館にてAPPBIPA(外国人話者にインドネシア語を指導する人のための研修)に参加。
年賀のご挨拶
初春のお慶びを申し上げます

本年もよろしくご指導のほど、お願い申し上げます
2020(令和2)年庚子元日

20200101正月の花

●2019年 ジャワ舞踊の公演やワークショップ活動

『早春を舞う ジャワ舞踊と和籟弦打と美の宴
ジャワ舞踊、笛、太鼓、アートによるライブパフォーマンス』
3/3 レインボーハウス(宮崎県都城市)

ジャワ舞踊奉納
5/19 岸城神社(大阪府岸和田市)
ガムラン演奏: ビンタンララス他

ジャワ舞踊ワークショップ
7/4 桃山学院大学(大阪府和泉市)
主催: 桃山学院大学インドネシア研究会

『インドネシア・日本まつり』
10/5 湊町リバープレイスプラザ(大阪市) 
ガムラン演奏: ビンタンララス

『養老アート・ピクニック』>『ガムラン・ノンストップ』
11/2~3 岐阜県養老公園
ガムラン演奏: マルガサリ
協力: 情報科学芸術大学院大学[IAMAS (イアマス)]

『能舞台で聴くガムラン』
自作「陰陽ON-YO」
12/8 堺能楽会館
ガムラン演奏: マルガサリ
照明協力: 羽田美葉

ジャワ舞踊 レクチャー&上演
12/24 大阪樟蔭女子大学 高智館円形ホール
授業: 「芸術と鑑賞」 テーマ: 「ジャワ舞踊 ~古典と創作~」

●その他の活動

インドネシア渡航
9月 ジャカルタ、スラカルタ

第27回地域伝統芸能全国大会
9/28 ジェイテクトアリーナ奈良(奈良県)
奈良県十津川村武蔵踊保存会の上演に参加