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2021.12水牛「『幻視 IN 堺~能舞台に舞うジャワの夢~』こぼれ話」
高橋悠治氏のサイト『水牛』(http://suigyu.com/)の
2021年12月」(水牛のように)コーナーに、
『幻視 IN 堺~能舞台に舞うジャワの夢~』こぼれ話 」を寄稿しました。
https://suigyu.com/2021/12#post-7890



『幻視 IN 堺~能舞台に舞うジャワの夢~』こぼれ話
冨岡三智


10月にやった公演についてまだ書くのか!と呆れられそうだが、備忘録としてもう少し書き留めておきたい。

 ●モチョパット

公演の一番最初に、モチョパットと呼ばれる詩の朗誦をナナンさんにお願いする。これは当初ちらしに書いていたプログラムにはない。実は今、関西のジャワ・ガムラン界ではモチョパットがブームになっている(勉強会まである!)という事情もあるが、ジャワでは詩の朗誦が盛んなこと、そしてそこに霊的な力があると考えられていることを示したいなと思って入れた。コロナ禍の収束を祈るような内容で…とナナンさんに詩の選択を一任したら、「シンガ・シンガ…」で始まるスラカルタ宮廷詩人・ロンゴストラスノのパンクル形式の詩(1929年)を選んでくれた。これは「災厄よ、去れ」という内容なのだが、実は私の舞踊作品用に委嘱した音楽『陰陽 ON-YO』(2002年)で使われている詩でもある。作曲者が私が好きそうな詩だといってこの詩を使ってくれたのだ。そんな経緯を全然知らないナナンさんが今回これを選んでくれたのが、個人的に嬉しい。

 ●スリンピの衣装

今回、能舞台で上演することもあって、スリンピ本来の衣装の組み合わせとは違う衣装にした。今回の演目『スリンピ・ロボン』はスラカルタ王家の演目である。同王家の女性舞踊では通常サイズよりも1.5倍長いバティックを裾を引きずるように腰に巻いて着付け、この裾を蹴りながら踊る。しかし、私は今まで2度能舞台で踊った経験から、足袋を履いてこの着付けをすると裾が足首に絡まって非常に踊りにくいと感じていた。ジャワ舞踊を踊る時は素足である。素足だと布は足に絡みつかないのだが、木綿の足袋を履くと摩擦が起きるのか、裾が足袋からうまく離れてくれないのだ。以前私が踊った時は、上演の1か月前くらいに下見で能舞台に上がらせてもらって感触をつかんでいたから、家で十分練習ができた。しかも1人で踊り、古典舞踊そのままでもないから、足さばきがうまくいくよう振付も改変できた。しかし、今回はコロナで移動が制限されていることもあって、他の踊り手は直前のリハまで能舞台に立つ機会がないし、4人で古典舞踊を踊るから振付は変えられない。というわけで、裾を引きずるのは断念したのだった。

しかし、ジャワの正装なら通常サイズのバティックをくるぶし丈に着て、引きずる裾もない。これなら足袋を穿いても着物と同様に足の捌きは良いはず…と思って試してみたところ、全然違和感がない。というわけでバティックは正装の巻き方にする。それに合わせて上半身も正装で着用するクバヤ(ブラウス)にした。私は4着お揃いのクバヤを持っていなかったが、関西のジャワ舞踊界にジャワのクバヤを仕立てられる人がいることがこの公演を決めた後に分かり、仕立ててもらったのである。宮廷舞踊の衣装がクバヤというのは普通はないけれど(ジャワで年配の人がクバヤを着る例は近年増えつつあるが)、能舞台に着物で立つというイメージからすれば、肌を覆った衣装は似つかわしい。しかも、白の布地でシンプルに仕立てたクバヤは私の持つ天女の衣のイメージに合致する。自画自賛だが、能の伝統的な空間にこのクバヤはしっくり収まったような気がする。衣装がバティック・クバヤの組み合わせになったので、頭部はバングン・トゥラッという髪型にした。これはスラカルタ宮廷に入る時の髪型である。

ちなみに、能舞台での上演ということで足袋を履く前提だったが、他の能舞台の中には舞台に敷物を敷いて素足での上演に対応している所もある。実は、私も当初は館主とそれを検討した。実際にそうしている能舞台に連絡したり、敷物の見本を取り寄せたりしたが、最終的には舞台には何も敷かずにそのままでいこうということになった。というわけで床でなく衣装の方を変えたのである。

 ●つるつる、揺れる、冷える能舞台

能舞台はつるつるに磨き上げられているのでよく滑る。ちなみに能舞台は年に何度か牛乳で磨き上げるのだと大澤館主が言っておられた。能舞台というのは維持するだけでも大変なのだなあとつくづく思う。そのつるつるの舞台でスリシック(爪先立ってやや小走りに移動する)やケンセル(横に滑る)をすると、ちょっと足が取られそうに感じる時がある。今回のスリンピ上演はスラカルタ王家の通常テンポよりゆっくり目なのだが――私の好みでもあるし、今回の演奏陣のバランスがちょうどよくなるテンポでもあった――、公演後、踊り手同士でテンポがゆっくりで踊りやすかった、滑らないようにと緊張していつもよりも足が疲れたという話になった。スリ足とゆったりしたテンポはつるつるの床で舞うには必然なのかもしれない…という気がする。

また、4人一緒に能舞台に載って気づいたのが、意外に舞台の床が振動することである。今まで1人でしか舞ったことがなかったから気づかなかった。宮廷女性舞踊では足を上げることはないが、それでも4人揃ってスリシックやケンセルで移動すると、床から足元へ腰へと揺れが伝わってくる。特に、床に直に座るシルップと呼ばれる場面ではなおさらである。揺れるのは、音響効果のため能舞台の床下が空いているからだろう。そういえば、以前、豪華客船でスリンピを踊った時も、シルップの時に波の揺れが伝わってきて酔いそうになったことを思い出した。

舞台で足元が冷えるのも、床下が空いているからだそうだ。特にリハの日は前日までより冷え込んだせいか、足袋を履いてしばらくするとすぐに足の指がつって、踊り手は皆苦労した。公演の日はわりと暖かかったようで、冷えあがってくることはなくほっとした。

 ●演奏席

ガムラン楽器だが、歌い手やルバーブ(胡弓)、グンデル、ガンバンなど、柔らかい音色で旋律を細かく装飾する楽器は舞台横の地謡座に、太鼓やサロン、ゴング類など重くて主旋律を主に担う楽器は舞台下に配した。もとより地謡座には楽器は全部収まりきらないし、上に書いたように舞台床下は空いているから、重い楽器はできるだけ上にあげたくない。舞台(舞踊スペース)は空けたいし、背後の松はきちんと見せたい…ということで館主に相談すると、観客席が外せるという。というわけで、地謡座に近い辺りの観客席を外して台を設置し、そこに楽器を配置した次第。演奏者が2か所に分かれるのは演奏しづらいのだが、仕方がない。

というわけで、試行錯誤の過程やら能舞台と取り組んだ記憶も少し書きとどめておきたいと思って今月も公演話になった。