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マンクヌガランの即位記念日
1月19日にソロのマンクヌガラン王家で即位記念日の式典があったというニュースを「http://lambangsari.blogspot.com/」で読みました。<というわけで今日はマンクヌガランの即位記念日についての思い出を書くことにします。

今年の即位記念日では、ブドヨ「アングリル・ムンドゥン」とスンドラタリ「アルジュノ・ウィウォホ」が上演されたそうです。

実はマンクヌガラン王家では、即位記念日にやる演目は固定していません。ソロのもう一方のススフナン王家=クラトンが、重要な王家の舞踊演目として「ブドヨ・クタワン」を伝承してきたのとは違って、そういう伝承がないマンクヌガランでは、即位記念日は時代に合わせて一種のイベント化しています。これは、私の勝手な言い草ではなくて、マンクヌゴロの弟で芸術関係の責任者であるヘルワスト王子の言です。

それでは即位式にやる演目は何か。私が留学していた時はブドヨ「アングリル・ムンドゥン」かブドヨ「スルヨ・スミラット」を数年ずつ交代でやっていましたが、最近はどうやら「アングリル・ムンドゥン」に限定してきているようです。

「アングリル・ムンドゥン」といえばクラトンのスリンピが知られています。実は「アングリル・ムンドゥン」は元はマンクヌゴロI世から1790年にクラトンに献上された作品です。詳細が違う話がいくつかありますが、私が師匠のジョコ女史から聞いている話は次のようなものです。

元々マンクヌガランでは3人で踊るブドヨだったが、事情があって上演しなかった。その後踊り子ごと舞踊作品をクラトンに献上し、クラトンではそれに1人足して、4人のスリンピとして上演するようになった。

かつては、マンクヌガランの即位式でその3人構成のブドヨが上演されたときもあります。私の師匠はそのときに構成を頼まれました。しかし現在のブドヨは7人編成で、これは故ガリマン氏が手がけたものです。ちなみにマンクヌガラン家やクラトンの重臣の家では、クラトンと同じ9人のブドヨを作ることは許されていないので、7人で上演されます。

この演目はマンクヌガランの宝とすべく、クラトンにお願いして返してもらったそうで、かつクラトンと同じにならないように、後半の曲を変えてあります。こういう風に、クラトンと同じにならないように、曲の一部を変えるということはよくあります。

それで振付ですが、前半は曲の長さも振付もまったくクラトンと同じで、4人のフォーメーションを7人にしただけです。しかし後半の曲は、すでに時代を反映していて短くなっているため、元のスリンピにある振りを使いながらも、新しいフォーメーションに合わせてアレンジされています。

またこのブドヨでは弓を持つのですが、クラトンのスリンピでは弓は使いません。ただし、元々振付にパナハン(弓を射る)という動作があるので、弓を持つのも矛盾はありません。

マンクヌガラン王家の「アングリル・ムンドゥン」には2種類の衣装があります。どちらもアラス・アラサン(森羅万象の模様)のドドットという衣装で、早い話が結婚式のときの衣装です。私は両方とも見たことがあって、1つはマンクヌガラン・オリジナル制作のもの、もう1つはバティック作家イワン・ティルタ氏が制作したものです。イワン・ティルタ氏の方はやはり金泥もたっぷりと華やかなものですが、舞踊の衣装としてはマンクヌガラン制作のほうが控え目で私は好きです。


さてさてスンドラタリ「アルジュノ・ウィウォホ(アルジュノの饗宴)」が上演されたのがなぜか、については私は分かりません。スンドラタリというのは舞踊劇のことです。ただ昨年(だったか?)のマンクヌガランの戴冠式では「アングリル・ムンドゥン」以外にワノロだったか、おサルさんの踊りがありました。先のヘルワスト王子が主催する舞踊団「スルヨ・スミラット」(実はスルヨ・スミラットとはマンクヌゴロI世を指します)で学ぶ子供たちがた~くさんサルで出演しました。私の師匠の孫もこれで出演してました。ブドヨの上演はやっぱり儀礼的な雰囲気を醸し出しますが、サルは明らかに余興です。「アルジュノ・ウィウォホ」の出演者までは分からないのですが、これも余興的なものだろうな~と想像しています。