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「能の表現と能を取り巻く文化」 新聞掲載記事
「能の表現と能を取り巻く文化」活動内容はこちら↓ http://javanesedance.blog69.fc2.com/page-2.html


●インドネシアの新聞4紙に掲載された記事(翻訳:冨岡三智)

①Solopos紙・2007年2月8日木曜日・12面公演版

日本のドラマ・ワークショップより
能をソロの人々に紹介する


執筆: Eri Maryana
 能は14世紀以来上演されてきた日本の古典ミュージカル劇である。このドラマはしばしば喜劇を伴い、日本独自の芸術に発展した。今日、かの桜の国では、能はすでに国の三大伝統芸能の1つに数えられている。その一方で能の独自な点は、優美さを前面に出し、特に各公演で面を使用するところにある。
 このようなことが、「能の表現と能を取り巻く文化」という、インドネシア国立芸術大学(ISI)ソロ校のプンドポで水曜日(2/7)に行われたワークショップの中で詳しく明らかにされた。この催しでは、「羽衣」(天女の衣)という能の中で使われる装束について、30年間能に携わってきた清水晧祐という舞い手により解説された。
 清水晧祐によれば、彼はむしろ地謡(歌のグループ)という物語を語る役割を持つパートを多く学んできたという。「私の師匠は、理論を教えてくれたことはありません。ですから、私たちは先輩たちがやっていることを真似ることで学んできたのです。」と清水は語る。
さらに興味深いのは、能の上演では、黒く煤けるまで燻された竹から400年前に作られた笛が奏されることである。その後、その竹を割いて裏が表になるように組み立て直すのである。
 「能は外からの影響を受けなかった演劇なのです。」と続けられる。
上演
 このワークショップではまた、芸大ソロ校のプンドポで木曜(2/8)に上演される予定の能の一部が上演された。このとき能は、この異なる世界においては、伝統的な演劇ということではなく、新しい上演芸術の一形態に発展しうるポテンシャルを持つ演劇として知られることになった。
 このことに関連して、日本の能の研究者である増田正造は、Esposに対して、昨今の西洋における諸演劇で起こっていること―ロメオとジュリエットのように、ある事件が起こるとそれを題材に取り上げて上演する―について語った。
 「能の物語の中で起こっていることは、かつて起こったことを舞台化したものではありません。一番重要なのは人生の本質、誰に恋したというような事実ではなく、恋とは何かというような本質なのです。だからこそ能は現在まで生き続けているのです。」と増田は説明する。
 増田正造によれば、今日までなお能は存続し、日本の隅々で上演され、それどころかしばしば結婚式でも歌われるのだという。能は日本人にとって神聖で宗教的なものというよりも、上演に集中力を必要とするもの、精神性を高めてくれるものなのです。」と続ける。
 ソロでの公演では、「羽衣」(天女の衣)と「石橋」(石の橋)の2曲から、部分的に上演する予定だと増田は続けた。


②Solopos紙・2007年2月10日土曜日・12面公演版

ソロでの能の公演より
 「日本の天女」舞う

執筆:Eri Maryana
 1人の天女が面をつけ、刺繍の施された着物を着て、非常にゆっくりとした動きで舞う。あたかも、巨大なエネルギーがその瞑想的な動きから流れ出るように。じっとした構えから、やわらかく揺れるような動きへと流れてゆく。あたかも、笛(黒くなるまで燻された竹から作られたスリン)の音についていくかのように。そして、太鼓、小鼓(日本のクンダン)もまたゆったりとした拍子を取る。
 しかし、この上演の後半では、日本語の歌に彩られ、舞い手はよりダイナミックな動きを、扇子を持ちながら舞う。囃子(演奏家)がより速い拍子にする。
 上記の公演は、能(日本の伝統芸能)の「羽衣」の最後の部分からで、これはインドネシア国立芸術大学(ISI)スラカルタ校プンドポにて、木曜日(2/8)夜、「能の表現と能を取り巻く文化」というタイトルで、同校と国際交流基金ジャカルタとの共催で行われた。この天女の舞は、「羽衣」の物語の最後の部分で、天女の羽衣を取った漁師の求めに応じて、天の舞を舞っているところである。「羽衣」の物語は「ジョコ・タルブ」の民話に似ているが、「羽衣」では天女は漁師の妻になることなく、ただ舞を所望され、そして漁師に羽衣を返してもらうのである。
 この上演において面をつけていた舞い手―あるいは日本ではシテと呼ばれる―は、赤松禎英で、この夜は竹市学、清水晧祐、守家由訓、中田弘美からなる日本人の4人の囃子(演奏家)を伴った。この公演では、音楽は単なる伴奏ではなく、能の一部なのである。
 武蔵野大学の研究者、増田正造によれば、能の舞い手や奏者はじっとしているときでも、非常なエネルギーを使っていると言う。それは能が精神性を表現しているからである。
獅子
 現在48歳の赤松は、能の2曲目に「石橋」(石の橋)で獅子を舞った。「石橋」では獅子の面と、赤く長い髪をつけた姿で舞った。この夜、ISIソロ校のプンドポを囲むようにたいまつに点火したことで、「石橋」の舞台は生き生きしたものになった。さらには自然もまたこの獅子の舞に加勢し、雷が轟き、引き続き雨がきた。
 「能における獅子は、私たちが目にするようなライオンではなくて、ちょうどバリのバロンのように、仏の国からきた聖獣なのです。『石橋』の物語では、1人の仏僧が完全なる世界へと続く石の橋を渡ろうとするときに、1頭の舞い狂う獅子に行く手を阻まれるのです。」と増田正造が、通訳の石田式子を通じて語る。
 ラハユ・スパンガ(芸大元学長、現・芸大大学院学長)によれば、「今回、多くの演劇グループがこのゆっくりした演劇に多くのインスピレーションを受けた。つまり、最近はゆっくりした要素を見せる演劇がほとんどない。」 「能を通して、何かゆったりしたものを切望し、癒される気持ちになればと思う。なぜなら、現在の人々はじっとものを見つめる余裕をなくしている。本当はゆっくりしたものの中にこそ、強いエネルギーがあるのだ。」と、スパンガは能の公演の時に、Esposに語った。


③Suara Merdeka紙・2007年2月10日土曜日・10面娯楽&芸術版

能、トータルな表現
 
 能には約700年の歴史がある。これははったりでも何でもなく、その伝統芸術はハリウッドミュージカルの祖になるのだと日本人は主張する。それだけ日本人が愛好しているということかも知れない。
 木曜(2/8)夜、「羽衣」と「石橋」がインドネシア国立芸術大学(ISI)スラカルタ校で上演された。この2演目は大変有名なものである。
 「これは徳川幕府の式楽でした。」と、この国際交流基金の助成で公演する芸術グループの長は言う。
 能について知らない観客との距離を埋めるため、上演だけでなく、物語や構成についての解説も行った。それだけでなく、さらに終わったあとでも詳しい解説があった。「私たちは能の表現と、それを取り巻く文化、歴史をトータルに紹介したい」ということだった。
 ここでは動きの型や、笛(スリン)、小鼓、大鼓、太鼓(さまざまな大きさの一種のクンダン)からなる音楽の構成について特筆すべきことがある。テーマは「羽衣」では天女の衣であり、「石橋」では獅子である。
ミニマリズム
 何が魅力的なのか?そのミニマリズムな舞踊の動きを見よ。空間は緊密。多分音楽の構成もミニマリズムである。太鼓の鳴る音よりも、沈黙の間(ま)の方に圧倒される。
 とはいえ、そのために人物造形をないがしろにしているわけではない。たとえば、天女の舞は女性的に見えるが、この女性性は、実は男性の舞い手が表現しているのである。「能においてはすべての舞い手は男性ですが、彼らはあらゆる役を演じられないといけません。」と増田は言う。
 楽器の製作方法も興味深い。理想的な音を出すのに20年もかかる鼓もある。
その演奏法も難しい。なぜならその音の周波は高く、楽器を締めている緒を締めたり緩めたりして調節しなければならない。
 この複雑に見える伝統芸能は、何百年もの間、保護されてきた。このジャンルでは一座を組むことはなく、舞い手も演奏家も独立している。
 ユネスコが能を人類の世界重要無形文化遺産に認定したのは驚くべきことではない。そしてまたインドネシアの影絵もまたそれに認定されている。(執筆 Wisnu Kisawa-53)
原文はこちら→http://www.suaramerdeka.com/harian/0702/10/bud01.htm


④Kompas紙・2007年2月10日土曜日・中部ジャワ版・A面

日本の伝統芸能 「能」
 舞い手が、日本の伝統芸能である能をISIスラカルタ校プンドポで、木曜(2/8)に上演しているところ。能は600年以上の歴史がある日本の伝統芸能である。この芸術はユネスコの世界遺産に認定されている。記事はJ面に続く。

→J面                      
諸外国の芸術
能、総合伝統芸術


 6人の男性がオープンな舞台に上がる。彼らは適当な間を空けて、並んで座る。まもなく、4人がそれぞれの楽器を奏でる。笛が1人と、3人の鼓奏者で、それらは大きさも違い、音高も高、中、低とある。「ヤー」あるいは「イヤー」という掛け声が楽器の音にかぶさる。
まもなく、厚い着物を着て面をつけ、垂れ下がった飾りのついた冠を被った一人の舞い手が登場する。この着物を着た女性の動きはゆっくりとしている。右手には美しい扇子を持っている。音楽に合わせて、ゆっくりと動く。右に左にと足をすり足で動き、時たま、扇子を動かしたり、袂を広げた着物の袖を返したりする。そうしているうちに、次第に動きが速くなってゆく。
 これが、日本の能という舞踊劇における演目「羽衣」からの描写である。歌舞伎以外に、能もまた大変有名な芸術であり、その歴史は600年前からと大変長い。
 歌舞伎と違い、能の舞台は何の装置もない方形の無の空間である。インドネシア国立芸術大学(ISI)スラカルタ校のプンドポで、国際交流基金と共催で木曜(2/8)夜に行われた「石橋」(獅子)では、舞台にはただたいまつが置かれているだけであった。
 能の動きは単純だが、大変に想像力をかきたてる。もし、武蔵野大学名誉教授・増田正造の物語への導入とその訳がなければ、観客は舞い手の動きの背後にある意味を理解するのが難しいだろう。
 最初の演目である「羽衣」は、ジョコ・タルブの話に似ているが、いたって動きはシンプルである。しかし1つ1つの動きの意味を説明された後では、ちょうど本を読んでいる人が灰色の脳細胞をひねって想像力を駆り立てるように、その動きの背後に隠された物語の美しさを想像する。
 2曲目の演目「石橋」では、その動きはより魅力的に、より表情豊かに物語る。衣装もまたそうで、腰まで長く垂れた赤いつけ毛と、赤く美しい着物が獅子を表現している。
 逆にこれはすべてAからZまでをトータルにあらわしており、完璧な作品であった。45歳の舞い手というのは、舞い手としての頂点にある。80歳の舞い手でもなお、舞うことができる。12歳では能を学ぶのに遅すぎる。
 能は、元来は武士階級に保護され、徳川幕府の式楽だった。その後、とくに第二次大戦後は、能役者・楽師自身の手で存続されている。
このような能の芸術家の歩みは、現在まだ途上にあるインドネシアの伝統芸術を保存する上で真似る価値がある。(執筆Sri Rejeki)


④Seputar Indonesia紙・2007年2月11日・6面文化版

日本独自の仮面劇

 能がインドネシアで上演された。この何百年と、命脈を保つ日本の古い伝統芸能は、1つの公演がいかに完成され、修練されたものであるかを見せてくれる。
 金糸で刺繍された着物を着た舞い手が笛と太鼓の節に合わせて揺れる。その表情は光を帯びた白い面に覆われて、舞台の上を静かに歩む。しばらくして片手に扇子を取り、その舞う動きにあわせて扇子を揺らす。
 舞い手の動きは水に流れるようで、拍子は黒い竹のスリン(日本では笛と呼ぶ)と日本式のクンダンが受け持つ。時にゆっくりと、時に緊迫して、そして美しく、その伝統的な楽のしらべについてゆく。そして演目の最後に、波打つような日本語の歌がつく。この公演が、木曜(2/8)夜、インドネシア国立芸術大学(ISI)スラカルタ校プンドポにて上演された。
 これは、日本独自の伝統芸能、能を上演する芸術家たちが見せた公演の一描写である。この公演は「能の表現と能を取り巻く文化」という催しの一環であった。日本の伝統芸能・歌舞伎が何百年と続くのと同様に、能もまた、同じくらいの寿命を持っている。この日本の伝統芸能は約700年前に生まれ、今なお存続しているのである。
 今日、能はすでに世界中で知られている。それは伝統演劇としてではなく、まだまだ発展する可能性があり、新しい芸術を生みだせる高度な芸術としてである。能は仮面音楽劇である。ソロでの公演はISIと国際交流基金ジャカルタが共催であった。
「能はとても完成された、そしてとても修練された芸術であると思います。私たちの芸術は能の修練度には及びません。」とISIソロ校上演部門の長ジョコ・アスウォヨは言う。ジョコ・アスウォヨ自身、まだ能について理解が足りないことを認めているが、能はもしジャワであれば、宮廷のブドヨに例えられるという。
 このISIソロ校における能の公演では、2演目の上演だけで約1時間かかる。上演される能の物語を理解してもらうために、観客への導入をまず行った。そうでなければ、舞い手の動きの意味を理解するのは、かなり難しいだろう。それについては、インドネシアの舞踊にも似たような物語があった。
 その公演では、6人が音楽を担当していた。そのうち4人の中で1人が笛を、残りの人がクンダンを演奏していた。そのクンダンはそれぞれ小鼓、大鼓、太鼓と呼ばれる。一定のテンポで、クンダンの奏者は「ヤー」とか「イヤー」とか掛け声をかける。これは能の音楽に固有のものである。それだけでなく、この掛け声は反響して、公演の雰囲気を盛り上げる。
 この掛け声は拍を数える上で目印となるものである。能のそれぞれの奏者(囃子)は単なる伴奏者ではない。主演者と同格の役目を果たすのである。能の舞い手の特徴は、むろん厚い着物を着て、女性の面をつけることである。1本の扇子を舞い手は手にしている。扇子を手にしている右手の動きはゆっくりだが、そのうち次第に速くなってゆく。
このような動きを、舞い手(シテ)は「羽衣」(天女の衣)の中で舞う。「羽衣」は日本では非常に一般的な作品で、人間の心の純粋さと、美への憧れを表現している。「羽衣」でシテを演じるのは、赤松禎英である。彼を支える囃子方には、守家由訓、中田弘美、竹市学、清水晧祐がいる。
 この世の能の公演は、天女の衣の物語だけにとどまらない。第2部では、この舞い手が「石橋」(石の橋)を上演する。この作品は韓国や中国大陸で一般的な獅子、あるいはバロンの舞である。能における獅子とは、仏の国から来た聖獣である。この「石橋」の方は、赤い装束のおかげで我々の眼をひきつけ、深い印象を与えた。
 この伝統芸能の歴史によれば、能は徳川幕府の式楽であった。2001年にこの芸能はユネスコによって世界文化遺産に認定された。今日まで能は、男性の舞い手により、多くの作品で面を使用しながら演じられている。(執筆Sumarno)