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「能の表現と能を取り巻く文化」雑誌掲載記事
「能の表現と能を取り巻く文化」の活動内容はこちら↓ 2007年3月4日

芸術誌"GONG" no.88/VIII/2007 52-53ページ (翻訳:冨岡三智)
能の表現 /執筆Pincuk Suroto

能は単なる伝統芸能ではない。その秘めた能力ゆえに、ハリウッドのミュージカル劇の祖先とも言える。
 舞台の裏から、ゆっくりと、次第に早まっていく音が聞こえてくる。鼓の打つ音に笛の風を切る音が混じって2分くらい続く。それが止むと、舞台奥から4人が舞台に入ってきて所定の位置に一列になり、しばらく楽器を調えて正座する。その後に扇子を持った3人が続き、1人1人が隅に位置し、同じ姿勢で座る。この7人は同じ衣装(着物)を着ているが、それぞれの役割は違う。最初に入った4人は音楽家であり、後の3人はシテ、あるいは舞い手で、舞踊家にして歌も歌う。
 大鼓(大きな方のドラム)と小鼓(小さなドラム)が落としたテンポで打たれる。その後しばらくして、1人の面をつけた舞い手が舞台奥から登場し、舞台中央へと進む。花冠と面をつけたその顔は美しく優美で、天女の所作をする。ゆったりとしてとても優美である。羽衣(天女の衣)というのがこの舞踊作品のタイトルだが、これが2月8日木曜日ISI(インドネシア国立芸大/訳者注)スラカルタ校のプンドポにおける能の公演の幕開けであった。

男性の舞い手
 羽衣は能の中で大変ポピュラーなものである。この舞踊作品は人間の心と美への憧れを表現している。物語の内容はジョコ・タルブの伝説に似ている。羽衣は1人の天女が天から来て、海で水浴びしているところを描いている。彼女は衣を失ったため、天に戻れないでいる。その天女の衣は1人の漁師が盗っていたのだが、漁師は、自分のために天女が天の舞いを舞ってくれれば、その衣を返しても良いと同意する。天女はついにその白く輝く衣を得て、漁師の前で美しく舞う。
 この天女を題材とする舞いで興味深いのは、これが手よりも足の動きに重きがある舞踊だと言うことである。単に歩くというだけでも、その動きは大変ハルス(優美)で、ゆったりとして、細部まで計算されており、着物を揺らせるまでに至らない。ほとんど人形劇の動きを模している。このように柔らかい所作を見れば、この羽衣を舞っているのがまさか男性だとは誰も思うまい。この天女の舞を舞った赤松禎英は、ワークショップの時に、体の構えの他に能の中で一番主要な動きは足の動きであると明言している。
 2番目で最後の演目は石橋(石の橋)である。この能の演目は獅子を描いている。「この舞踊は、1人の仏僧が悟りの世界へ近づこうとして石の橋を渡ろうとするのですが、舞い狂う獅子に遮られる様を描いています」と日本の武蔵野大学からの能の研究者:増田正造が言い、石田式子が翻訳する。
 能における獅子は仏の国から来たと信じられている聖獣で、仏の徒はそれに従うようである。この舞踊は、最初の優美でテンポのゆったりとした曲とはかなり異なる。獅子の舞はそれ以上のエネルギーを要求する、というのもそれぞれの動きが力強く、テンポとリズムが速いからである。獅子の舞い手もまた獅子の面をつける。それはとがった歯を見せ、ふさふさとした赤色の毛とあいまって装束は赤金色の系統である。

最先端
 能は約700年前に生まれた日本の伝統劇芸術である。能という芸術は武士の時代に発展した。主演の舞い手が舞台から降りるとき、他の出演者のお辞儀を受けるところに、武士層の慣習がうかがえる。
 大きく言って、能は世界中で単なる伝統演劇としてだけでなく、新しいパフォーミング・アーツを生み出し得る最先端の演劇として知られていると言える。能は仮面劇であり、音楽劇であり、ハリウッド・ミュージカル劇の祖先に当たると考えてもそれほど大きな間違いではあるまい。
 能は専用の劇場で上演され、それほどに近年でもこの演劇は十分に存続し、また日本人に愛好されてもいる。現在では能の劇場は日本全国に80以上ある。能における音楽は単なる伴奏ではなく、主演の舞い手と同等であり、公演の切り離せない一部となっている。この公演を担っている4つの楽器は笛(フルートまたはスリン)、小鼓(一種の小さいクンダン)、大鼓(一種の大きいクンダン)、そして太鼓(木の台に載せる一種のクンダン)である。