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水牛9月号「振付と音楽」
サイト「水牛」に、今月は以下の文章を寄稿しています。
http://www.suigyu.com/
ジャワ舞踊作品を作るのに、曲が先か、詞が先か、振付が先か…というお話。



振付と音楽

NHK朝ドラの「あまちゃん」に登場するアイドル・プロデューサーは、詞先(先に作詞)でも、曲先(先に作曲)でもなくて、振り先(ふりせん、先に振付)という設定だ。アイドル・ダンスでは詞や曲ができる前に振付を考えるというのは普通ではないみたいだが、ジャワの伝統舞踊で、私は振り先で作られたダンスを踊った経験がある。というわけで、今回は振付と音楽の関係について。

私の場合、第1作目は曲先で振付した。初めて演奏会で曲を聴いたときに、それまで舞踊にしたいと思っていたコンセプトにぴったりの曲だと思ったからだ。2作目は委嘱曲で振付したいと思っていたので、舞踊音楽の作曲を得意とする音楽家に委嘱した。この人はある程度が振付ができてから音楽をつけたいと言ってきたので、曲のコンセプト、進行、フォーメーション、曲調、曲の形式、演出などを最初に伝え、それぞれの場面の動きを大ざっぱに決めてから一度練習を見に来てもらい、曲ができると、それで踊り込みつつ、音楽の方も手直しという作業をした。

たぶん、こんな風に音楽家と相談しながら振り付けるのがジャワの伝統的な手法だろうと、私は漠然と思っていたのだが、私が踊り手の1人に起用されたある公演では、本当に「振り先」だったので驚いた。つまり、音楽がまだできていないのに、動きだけどんどん決めていくのだ。振付家は当時すでに40代半ばの芸術系大学の舞踊教員だから、素人ではない。彼の作品では男女4人ずつが出演したのだが、女性パートでは私1人が呼ばれ、彼の試行錯誤に付き合って指図されるままに動き、動きが決まると彼はそのつど舞踊譜に足していった。男性パートでもわたしと同様に呼ばれていた人が1人いた。振付がほぼできてから他の踊り手も呼ばれて全体練習が始まり、フォーメーションが付け加わり、全体練習進んでから作曲家がやってきて、振付を見て、音楽ができたのはいつ頃だっただろう…、もう公演にかなり近くなってからのことだ。そういうやり方なのに、ばっちり音楽と振付の雰囲気が合っていて、私はびっくりしてしまった。というのも、この振付家はわたしと違って、曲の形式もあまり考慮してなかったからなのだ。ジャワの音楽はどんな形式の曲であれ4拍単位になっているから、それに合わせてやっていけば良いようなものの、ガムラン音楽のどの形式に合わない箇所もできたりして、私が指摘したこともある。とにかく、全体構成を意識せず(していたのかもしれないが)、冒頭部からどんどん動きをつなげていくという「振り先」の振付方法は意外だった。

私の第2作目の音楽家は楽器演奏者として出発しているせいだろう、曲先の人だった。「歌詞はどうする?」と聞いてくれたのは、わざわざ作詞したいか?ということを確認するためで、私が「別に意味がなくても良いです」と伝えたらそれでOKで、その観点から詞(というか単語)を当ててくれた。私にとって、舞踊の歌は、言葉の意味以上に効果音として意味があるもの。ときどき単語が耳に入っていろんなイメージを喚起してくれるけれど、そんなイメージや音の響きの方が、意味より大事、なのだ。けれど、同じガムラン音楽家でも、詞の朗誦から出発した人は当然ながら詞にうるさい。私が3作目の舞踊作品を作った時は歌の人に作曲してもらったのだが、その人は詞先でまず歌詞を作ってきた。それも1番、2番…という形で。だから、私がインストゥルメンタルな部分を増やしたり、曲を短くしたりするため歌詞を削りたいとお願いすると、意味がつながらなくなると主張されて、結局短くできなかった。

というわけで、私としては、「振り先」100%は唖然とするが、詞先でも困る、振り優先で途中から曲との同時並行がいいなあ、という次第。他の人がどんなふうに創作しているのかは知らないけれど…。