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3/20 地下鉄サリン事件から20年
この事件が起こったとき、私はインドネシアのソロにいた。留学するちょうど1年前、私は仕事の休みを利用して1ヶ月インドネシアに行き、ジャワ舞踊の個人レッスンを受けたり、留学する大学を視察に行ったりした。泊まっていた宿は、今はないけれどSolo Homestayという外人バックパッカーが集まる安宿で、私はそれまでに3度ほどここに泊まり、常連になっていた。宿のお兄さんが、東京で事件があったよと新聞を見せてくれた。

そこには、富士山と平原を背景にAsaharaが手前に腰かけている宣伝用らしき写真があって、キャプションにKamikuishikiという地名が出ていた。しかし、この地名にどんな漢字が当てはまるのか、皆目見当もつかなかった。列車内で撒いたという物質sarinが何かも分からない。しかも、このAumという教団はロシアにも進出していて信者も多い、とそこには書いてあった。日本語でニュースを聞いてもたぶん何が何だか分からなかっただろうが、異国の新聞で目にしたそれらの単語は、全然統一的な像を結ばなかった。私の頭には、「富士山麓オウム鳴く(2.2360679…)」というルート5の語呂合わせしか思い浮かばなかった。インドネシアの人たちも、これがあの有名な富士山?という点にだけ反応した。ちょうど宿に来合せていた東京の人だけは、日本にいたら、私はこの時間帯にこの路線をいつも利用するのよ!とショックを受けていた。