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2002.11水牛アーカイブ「ラントヨ」
私は、毎月、高橋悠治氏のサイト『水牛』の「水牛のように」コーナーにエッセイを書いていますが、この執筆は2002年11月から始まりました。同サイトにも私のエッセイのバックナンバーが、「冨岡三智アーカイブ」に掲載されています。しかし、継続的に掲載されているのは2007年からで、2004~2006年の分は部分的にしか掲載されていません。私の手元にあるはずの記事原稿が長らく行方不明になっていましたが、このたび思わぬファイルから見つかりましたので、まだ『水牛』のアーカイブに未掲載の分をこちらに掲載していきます。

まずは2002年11月、第1号の記事。ラントヨというジャワ舞踊(スラカルタ様式)の基礎練習法について書いています。これは、インドネシアで初の芸術高校Konservatori Karawitan Indonesiaが1950年に設立された時に、同校唯一の舞踊教員にして宮廷舞踊家のクスモケソウォ(当時の名前はアトモケソウォ)がカリキュラムとして考案したものです。後に、氏は『ラーマーヤナ・バレエ』の最初の振付家となります。私の舞踊の師匠である故スリ・スチアティ・ジョコ・スハルジョ女史はクスモケソウォの長男の妻であり、女史はコンセルバトリで学んだ後、氏の助手となり、後には教員となって定年になるまで芸術高校でラントヨを教え続けた人であり、私はもともとのラントヨが作られた意義を師から教わりました。私が留学していた芸術大学では、アレンジされて練習曲のようになったものをラントヨとして学びますが、本来は、動きと動きとをつないでいく練習をするものでした。




『水牛』 2002年11月号
ラントヨ


ここでは、私が学んでいるインドネシアのジャワ島中部にある古都・ソロ(ソロは通称で、正称はスラカルタ)の様式の舞踊について書く。ジャワ島中部はマタラム王国が栄えた所だが、1755年に同王国はスラカルタ王家とジョグジャカルタ王家に分裂した。以降両王家は競い合ってそれぞれの芸術様式を打ち出したので、ジャワ舞踊と総称されても、両都市では様式が異なっている。

ソロ様式の舞踊では、舞踊作品を教える前に、基本的な動きを取りだして教えるラントヨという教授法がある。バレエほど複雑ではないにしろ、ラントヨでは姿勢や体の各部の動きを分解して1つずつ教え、それぞれに名前もつけられている。

私の乏しい知識では、民族舞踊で基礎練習があるというのはあまり聞かない。インドネシアでもソロ様式の舞踊だけで、バリ舞踊やジョグジャカルタ様式の舞踊などにはない。また日舞でもないという。それではどうするのかというと、初心者にはこれという作品が大体決まっていて、それをいきなり習うのだそうだ。技術的に容易だから、あるいは難しくとも基本的な振りが全部含まれているからということで、その作品、となるらしい。

ラントヨというのは、宮廷舞踊家にして1950年に設立されたコンセルバトリ(現在の芸術高校)の最初の舞踊教師・クスモケソウォ(1909~1972)が編みだした、ソロ様式の舞踊のための基礎練習法である。ここで付け加えておくが、ソロにも様々な系統の舞踊がある。しかし、基本的にソロ様式と言えば、宮廷で発展した舞踊やそのテクニックを用いて作られた舞踊のことである。したがってラントヨでは宮廷舞踊のボキャブラリーを学ぶことになる。

クスモケソウォは1950年前後にまずラントヨ I を作り、しばらくしてからラントヨ II を加えたという。それ以降現在に至るまで、芸術高校でも芸術大学でも最初の学年ではラントヨが必修とされている。ソロ様式の舞踊には女性プトリ、男性優型アルス、男性荒型ガガーという三つの基本的な型があり、それぞれにラントヨがある。ラントヨの語源はわからないが、アジャラン・トヨ(アジャラン=教え、トヨ=舞踊、舞踊の教え)という語からきていると言う人もいる。

ラントヨで画期的なのは1、2、3……と拍を数えることを始めたことである。これは楽譜の成立などとも関係があるのかもしれない。実はラントヨの成立以前からラントヨ I に似たタユンガンというものは存在した。昔は生徒が集まるとまず音楽に合わせてルマクソノの練習をした。練習場を皆で輪になって廻り、これをタユンガンと呼んでいたという。その頃の舞踊教師というと、「はい、ここでクノン/ゴング」というように節目楽器が鳴る位置を教えていただけだそうだ。

さて、ソロ様式の舞踊作品はいろんなスカランをつなぎ用の振りでどんどんつなげていくという作られ方をしており、そのつなぎの振りは必ず音楽の節目で使われる。スカランとは一まとまりの振りのことで、その長さは8拍、16拍、32拍……とまちまちであり、繰り返すことも可能である(繰り返さないものもある)。またスカランの多くやつなぎの振りには名前がつけられている。

ラントヨ I では、まず基本のルマクソノ=足運びを学ぶことが重要である。それには手の動きもつける。同じ足運びでも手の動きには何種類かバリエーションがあって、女性舞踊の場合だと最初は右手だけ、次は左手だけ、次は両手を動かす……というように徐々に難しくなるように作られている。そしてつなぎの振りを何種類か学ぶと、歩いてはつなぎ、歩いてはつなぎ……を繰り返す。

ラントヨ II になると、スカランを学ぶ。ラントヨ I では足と手の動きだけだったが、そこに胴の動きが加わってより複雑になる。I で習ったつなぎを使って、スカランをやってはつなぎ……を繰り返す。

ラントヨでは普通、伴奏に周期の短いクタワンという形式を採用する。曲は何でも良い。ガムラン音楽は周期構造を持ち、クタワンだと16拍で1周である。周期の短い曲だと節目がすぐに回ってくるので、練習がしやすい。ラントヨでは何を何回繰り返すかは決まっていないが、つなぎの振りは必ず曲の節目で使わねばならないので、つなぎにうまく入れなければ、曲がもう1周するのを待って入ることになる。このような練習を通じて、基本的な振りを習得すると同時に、音楽にどのように振りを当てはめていけば良いのかも学ぶのである。