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2003.01水牛アーカイブ「ジャワ・スラカルタの伝統舞踊(2)民間舞踊」
私は、毎月、高橋悠治氏のサイト『水牛』の「水牛のように」コーナーにエッセイを書いていますが、この執筆は2002年11月から始まりました。同サイトにも私のエッセイのバックナンバーが、「冨岡三智アーカイブ」に掲載されています。しかし、継続的に掲載されているのは2007年からで、2004~2006年の分は部分的にしか掲載されていません。私の手元にあるはずの記事原稿が長らく行方不明になっていましたが、このたび思わぬファイルから見つかりましたので、まだ『水牛』のアーカイブに未掲載の分をこちらに掲載していきます。

ガンビョンの映像が右のリンク集の 自分の映像集(その他) の3つ目と4つ目にあります。これで1曲です。




『水牛』 2003年1月号
ジャワ・スラカルタの伝統舞踊(2)民間舞踊


前回はクラトン(宮廷)舞踊の舞踊について書いたので、今回は民間で発生した舞踊について言及しよう。

宮廷舞踊は儀礼として王に捧げるものであり、群舞によって調和や天体の運行を表現していると前回説明した。それに対し、民間舞踊は基本的に単独舞で、娯楽に供する舞踊として発展してきた。踊り手の個性や生き生きとした人間性が表現され、舞踊は踊り手と観客と演奏者の間のコミュニケーションの上に成立した。

民間舞踊ではチブロン太鼓というやはり民間の芸人に由来する太鼓を用いる。この太鼓の手組みは派手で舞踊の細かい振りに対応し、振りにも音楽にも躍動感を与える。さらに曲の長さは固定しておらず、ある程度の融通性と即興性があった。具体的に以下の各項目で触れるように、その場の状況や踊り手と演奏者との駆け引きによっていくらでも踊ることができたのである。

ガンビョン

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ガンビョンはチブロン太鼓の奏法とともにスラカルタで発展した、現在ではスラカルタを代表する舞踊ジャンルである。その太鼓奏法も現在ジャワ・ガムランにおける演奏会スタイルの標準になっている。ガンビョンは楽曲優先の舞踊で、太鼓が繰り出す手組み(スカラン)を聞いて、踊り手がそれに合った振りを踊る。ガンビョンでは最初4つと最後のスカランが決まっている他、終わり方にも定型がある。他は順不同とは言え、歩きながら踊るスカランと止まって踊るスカランを交互に演奏しなければならない。これらの制約の中で太鼓奏者は数多くのスカランから自由に選んだり、また即興的に作ったりして演奏した。

ガンビョンは女性の単独舞であるが、実は1960年代後半まではガンビョンは一般子女が嗜むにはふさわしくない舞踊だった。ガンビョンを踊るのは、レデッ又はタレデッと呼ばれる流しの女性芸人か、または商業ワヤン・オラン(舞踊劇)劇場の踊り手に限られていた。その芸風は歌いながら踊るというもので、しかも性的合一に至るコンセプトを描いた扇情的な振りが多かった。

それは農村の豊穣祈願の踊りに発するからだという。(日本でも農耕儀礼ではしばしば性的な行為が模倣される。)だがそれゆえ多産を願うものとして、昔からしばしば結婚式ではプロの踊り手を呼んでガンビョンを踊ってもらったという。現在でも結婚式や各種セレモニーでガンビョンが踊られることが多いのは、根底に儀礼的な性格をまだ残しているからだろう。

さて、開放的な気風のマンクヌガラン宮ではガンビョンを取り入れ、接待用の娯楽舞踊として洗練させた。そして宮廷舞踊の要素を付加し、即興的な要素を排して歌いながら踊るのも止め、レデッのイメージを払拭した演目「ガンビョン・パレアノム」を作り上げる。それでも当初は親族が踊るのはタブーだったが、60年代後半には親族も踊るようになった。パレアノムはスラカルタの舞踊家達に知られて広まり、また芸術機関でもガンビョンをスラカルタを代表する舞踊として取り上げるようになって、ガンビョンは一般に定着した。

ゴレック

20161217寝屋川市国際交流協会1

ゴレックはジャワの2大様式の1つ、ジョグジャカルタ(ジョグジャと略される)様式を代表する舞踊ジャンルであるが、スラカルタにも、ジョグジャとは違う独自の伝統的なゴレックが存在する。これらもやはりジョグジャの影響があるのか、または別々に発生したのか、私の師(現在69歳)も分らないと言う。

ゴレックとは木偶人形のことで、人形振りを模したものとも言われる。大人になりかかった女性が身を装う様を描いた単独舞である。ジョグジャカルタでは、かつてはプロの踊り手による扇情的な舞踊で女装した男性によっても踊られたというが、スラカルタではゴレックは子供の踊りとされている。

ゴレックで特徴的なのはケバルという演出である。速いテンポで、鏡を見たり化粧をしたりする振りが繰り返される。ケバルの後にはゆったりしたテンポで踊る振りがくることになっており、1回の上演で緊張(ケバル)した場面と弛緩した場面が交互に何度か繰り返される。ガンビョンと違い、舞踊は楽曲優先で、太鼓奏者が踊り手に合わせる。各曲はケバルに独自のパターンを持つが、そのパターンを踏まえ緊張と弛緩が交互にくるようにさえすれば、振りの順序は自由である。(もっとも子供が踊るため、実際は踊り手でなく舞踊の先生が事前に順序を決めることが多かったようであるが。)

ガンドロン

クロノ

ガンドロンとは王や武将が恋に落ちている様子を描いた男性単独舞のジャンルである。ガンビョンやゴレックと違い、ガンドロンでは人物が設定されており、踊り手はその扮装をする。恋の対象となる姫も設定されているが、単独舞ゆえ実際には姫は登場しない。恋する姫を心に思い描いている男性の、揺れ動く不安や高揚する気持ちを描いているのである。

ガンドロンで重要なものに「キプラハン」という定型がある。武将が身を飾る振りやその力強さを誇示する振りが繰り返される。1曲の舞踊におけるハイライト・シーンで、単調に繰り返すテンポの速い曲を使って高揚感をあおる。クロノ、ガトコチョ、ガンビルアノムなどの人物の舞踊でキプラハンが使われている。

キプラハンもまた踊り手優先である。つまり踊り手が太鼓奏者に次のスカランの指示を出す。各スカランは順不同だが最後だけは決まっており、踊り手がそれを切り出すまでは延々とこのシーンが続く。踊り手が新しい振りを創作することもよくあった。またガンドロンでは各人物の性格を表現することが大事であり、本来はキプラハンの語彙も多少異なる。たとえば、人間の煩悩を体現しているクロノにはカード賭博や凧上げに興じるような振りが伝わっているが、廉直の英雄・ガトコチョにはこれらの振りはふさわしくない。
ガンドロンに含まれる舞踊であっても、キプラハンではなく、女性舞踊のケバルやガンビョンの振りを使っているものがある。これらもやはり、恋に落ちた男性が身を飾ったり力強さを誇示する様子を描くものとして使われており、キプラハンの一種であると見なされている。描かれている人物の性格によっては、キプラハンの表現はより女性的な表現を取るからである。上で述べたようなキプラハンは性格の勇猛なキャラクターにふさわしい。



※ ガンドロンの写真
初出➡ http://javanesedance.blog69.fc2.com/blog-entry-771.html