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2003.06水牛アーカイブ「スラカルタの年中行事(1)」 
私は、毎月、高橋悠治氏のサイト『水牛』の「水牛のように」コーナーにエッセイを書いていますが、この執筆は2002年11月から始まりました。同サイトにも私のエッセイのバックナンバーが、「冨岡三智アーカイブ」に掲載されています。しかし、サイトのデザイン変更もあって、今のところは大体2007年頃からの分しか移行されていません。それで、『水牛』のアーカイブに未掲載の分をこちらに掲載していくことにします。

今回は2003年当時の祝日の順に、祝日の内容を書いています。が、インドネシアでは多くの祝日が毎年ずれていきます。特にイスラム関係の祝日は、イスラム暦(太陰暦)が1年=約354日であることから、毎年11日ずつ早まっていきます。どれくらいずれていくのかを感じてもらうため、本文の前に2003年と今年(2017年)のカレンダーを対比させてみました。2017年にあるメーデーは2014年に新設されたもの、政令指定休日はインドネシア政府が連休政策として、土日などと繋げて大型連休になるように追加する休日です。これが始まったのもそんなに古くありません。

祝日対比表
↑画像をクリックすると拡大します。




『水牛』 2003年6月号
スラカルタの年中行事(1) 


今回と次回でスラカルタの1年の行事について述べよう。ただし以下に述べる行事の日付は今年(2003年)の場合で、各体験談の日付とは一致しない。インドネシアの主な祝日は宗教行事に由来し、それぞれのカレンダー(例えばイスラム暦は1年が約354日である)で日が決まるので、日付や各祝日の順序も毎年変わるのである。ここではどういう祝日があり、その場合にどういう芸能イベントがあるのか、留学期間中での体験に基づいて書いてみることにする。なお私の留学期間は1度目が1996年3月から1998年5月の暴動直前までのスハルト時代、2度目は2000年2月から2003年2月までのハビビ~メガワティ時代である。

読んでいただければ分かるように、各祝日の行事はその前夜から始まっている。その理由は、イスラムでは日没から1日が始まると考えられているからと一般に説明される。しかしキリスト教のクリスマス・イブしかり、日本のお祭りの宵宮しかりで、その辺りの感覚はイスラムに限るものではあるまい。基本的にお祭りは前夜から寝ないで過ごすものだったというのも同じである。そのように寝ないで過ごすことをジャワではティラカタンと言う。

(注 ★は西暦で行われる祝日である。それ以外は毎年日が変わる。)

★1月1日 西暦正月

大晦日の夜にRRI(ラジオ局)やスリウェダリのワヤンオラン(舞踊劇)劇場に行けば、普段より力の入った演目の舞踊劇が見られる。

市役所では1999年に焼失するまでは一晩のワヤン(影絵)が上演されていた。市役所は2002年12月に再建され、23日に披露式典があってその夜にはワヤンが上演されていたが、その直後の大晦日にはなかったように思う。(披露式典の食事内容はかなりけちったものだったらしいので、その直後の大晦日にワヤンをするのは財政的にも無理だったと思うのだが。)

TBS(スラカルタ芸術センター)では、そこを拠点に活躍している芸術家が自分達で色々と上演し、また一晩のワヤンもあって、私は大晦日はいつもTBSに出かけていた。特に2000/01年度の正月は特別だった。最初は日没の祈りのパフォーマンスに始まった。そして21世紀に向けてカウントダウンをするということで、20:00から始まったワヤンを0:00に一時中断し、イスラム教、ヒンズー教、仏教、キリスト教の各代表者が集まって祈りを捧げ、続いてレンドラが詩を朗誦した。その後ワヤンは続けられ、一晩のワヤンが終わってからも、夜明けに合わせたパフォーマンスもあったりと21世紀への夜明けを意識したイベントが多かった。

しかし2002/03年正月の催しはつまらないもので、しかも0:00までに終わってしまい、ワヤンもなかった。これはその頃から各地の芸術センターへの政府補助がなくなって(全額か一部かまでは確認していないが)独立採算制になってしまったからなのだ。さらにこの日はテレビで、バリ島でテロ事件の犠牲者を悼む大掛かりなイベントの生中継があり、それには有名人も多く出ていて、家でテレビを見ていた人が多かったようだ。

・2月1日 イムレック(中国2553年正月)

中国正月とは太陰暦正月、つまり日本で言う旧正月のことである。2003年から正式に国の祝日となり、そのため今年は、スーパーで中華式年賀カードや正月用の食品をどっと売り出していた。ちょうど私が2度目に留学して来た頃から、スハルト時代には行えなかった中華系の人々の行事が行われるようになっていた。中華系の祝い事でなくともフェスティバルなど何かイベントがあるにつけ、バロンサイ(獅子舞)やリヨン(龍舞)が出て町を練り歩くということが行われるようになった。しかしこの正月には私は公演があって(「水牛のように」3月号、4月号で書いている)、どんな催しが町であったのか知らなかった。

ちなみにイベントがらみで鼓笛隊やパレードがある場合はだいたい、市役所からスリウェダリ(またはマンクヌガラン宮辺り)の間で、スラマット・リヤディ通り(東向き一方通行)を~往復する場合はその北のロンゴワルシト通り(西向き一方通行)も~通行する。私が住んでいたのがちょうどこの両通りの間で市役所の裏だったため、何かイベントがあると音でわかったものだ。

・2月12日 イドゥル・アドハ(イスラム犠牲祭)

この日の1ヶ月くらい前から町に犠牲用の山羊や牛があふれて、山羊臭くなる。この日の昼、カスナナン王宮から王宮モスクまでグヌンガン(食べ物で作られた神輿)が出る。

・3月4日 ジャワ=イスラム暦1424年正月

ジャワ人には西暦正月よりもこちらの正月の方が大事である。ジャワ暦の1月はスロ月と言い、一般にジャワ暦元旦のことをサトゥ・スロ(サトゥは1の意)という。この月は何事も慎むことになっていて、ジャワ人は結婚式や家の引越しをしない。そのためサトゥ・スロの前は結婚式ラッシュとなる。

さてこの前日夜(大晦日)にはキラブ・プソコ(宝物の巡回)という王宮の行事がある。まず夕方18:00頃からマンクヌガラン宮(分家)で始まり、マンクヌガランのプソコ(宝物)、そしてその廷臣達がその外壁の廻りを一周する。これは1時間足らずで終わる。本命はカスナナン王宮の方で、夜中の11時過ぎに始まる。こちらはプソコである白い牛(代々キヤイ・スラメットという名前を継承する)を先頭に他のプソコ(槍が多い)、廷臣達、村々からその巡礼に従いたいと出てきた人々などが続々と続き、王宮を囲む地域を1周する。王宮に戻ってくるのはほとんど明け方4、5時頃である。そのルート沿道には多くの人々が、牛を一目見ようと出ている。この牛を見たり、また牛に食べ物を与えたりするとルズキ(ご利益)があるという。

実は私も2001年にその行列に従ったことがある。歩いている間は無言でなければならない。ジャワの正装をして牛のテンポに合わせて歩くので非常に疲れる上に、夜中で体は冷える。しかし歩き終わった時の清々しい気持ちは、元旦に日付が変わった夜中の0:00に産砂神にお参りするときと同じだった。

また西暦正月と同様、RRI(ラジオ局)やスリウェダリのワヤンオラン(舞踊劇)劇場では普段より優れた舞踊劇が見られる。私も一度だけジャワ暦大晦日にスリウェダリで前座で踊ったことがあるが、後から多くの知り合いが来ていたことが判明し、赤面してしまった。案外多くの人が見に来ているようである。

・4月2日 ニュピ(サカ暦=バリ暦1925年正月)

・4月18日 キリスト受難日


2001年にカトリック教徒の芸術家を中心に、この日にプライベートなイベントがあった。カトリック教徒であるベン・スハルトというジョグジャカルタの偉大な舞踊家の1000日忌の日も近かったらしく、ベン氏を偲ぶ会をこの日に合わせて行ったのである。と言ってもカトリック的な楽器や歌を使うということはなく、ガムランや現代舞踊でよく使っている仏具のような楽器などを伴奏にインプロビゼーションで踊るというものだった。

 またキリストの受難日だったか昇天祭の関連だったか忘れたが、カトリック教会では地域対抗の賛美歌コンテストがあるらしい。私の住んでいた隣の家の人もカトリック教徒で、よくそこに人が集まって賛美歌を歌っていたことを思いだす。

・5月14日 モハメット降誕祭 
       
スラカルタ、ジョグジャカルタ、チレボンの3王宮では、イスラムを布教する手段として巨大なガムランを作り、降誕祭までの1週間王宮モスクの横で演奏して、人々をいざなった。それがスカテンの始まりで、この期間中は聖なる金曜日の前夜以外は朝から晩までガムラン・スカテンの演奏が続く。

この間王宮前北広場には様々な店が出、観覧車やメリーゴーランドなどが設置されて遊園地が出来る。ある年にはイルカのショーまでやっていた。40代半ば以上の人の話では、子供の頃はスカテンではレオッグ(東ジャワの芸能)など伝統芸能の上演があり、その賑わいぶりも現在の比ではなかったという。現在では伝統芸能は見られない。

降誕祭当日には、カスナナン王宮から王宮モスクまでグヌンガン(食べ物で作られた神輿)が出る。通常の年は4基(男女1対で2組)出るが、ダル年と呼ばれる8年に一度廻ってくる年にはその倍の8基が出る。2002年の降誕祭はその年に当たっていた。ちなみにイドゥル・アドハ、イドゥル・フィトリ(断食明け)でもグヌンガンが出るが、その数は半分であり、この時ほど人が殺到することはない。この神輿の食べ物を皆が争って取り合うのは、この食べ物に力が宿っていると考えられているからだと言う。

・5月16日 ワイサック(仏教大祭)
   
この日はインドネシア全土から多くの仏教徒がボロブドゥールに集まって大祭をするらしいが、私は行ったことがない。ある年にはワイサックの行事としてカスナンン王宮のパグララン(パビリオン)で、仏教団体の主催する仏教をテーマとしたワヤン(影絵)や舞踊の上演があった。

・5月29日 キリスト昇天祭