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2004.07水牛アーカイブ「マンクヌガランの観光舞踊」
私は、毎月、高橋悠治氏のサイト『水牛』の「水牛のように」コーナーにエッセイを書いていますが、この執筆は2002年11月から始まりました。同サイトにも私のエッセイのバックナンバーが、「冨岡三智アーカイブ」に掲載されています。しかし、サイトのデザイン変更もあって、今のところは大体2007年頃からの分しか移行されていません。それで、『水牛』のアーカイブに未掲載の分をこちらに掲載していくことにします。



『水牛』2004年7月号
マンクヌガランの観光舞踊


スラカルタ(別名ソロ)のマンクヌガラン宮殿ではマンクヌガラン・ロイヤル・ディナーと呼ばれる観光パッケージを用意しており、旅行社などを通して団体で舞踊上演をチャーターするシステムになっている。インドネシア人にとってはかなりの高額だが、日本で舞台公演を見るくらいの料金でディナーと舞踊が堪能でき、しかもジャワの伝統的な舞踊・儀礼の空間=プンドポで、生演奏による上演を見ることができるのは貴重である。私は決してマンクヌガランの手先ではないが、おすすめである。

●パッケージの内容

まずは夜6時過ぎから宮殿内の食堂で王族の人とともにジャワ式ディナーをいただく。スラマタン(安寧を祈願する共食儀礼)の時のお供えであるナシ・トゥンパンも用意される。これはターメリックで黄色く色づけされたご飯を三角錐状に盛り、その周囲を野菜や卵などで飾ったものである。スラマタンでのように、その三角錐の先を切り取る儀式をしてから食事になる。これはジャワらしさの演出なのだろう。ナシ・トゥンパンも他の料理も食事は大変おいしい。インドネシア料理は辛いものと思われているが、少なくともジャワでは、王宮や高級店での料理はあまり辛くもなく上品な味である。食事のあとは博物館になっているプンドポの奥の間を見学して、8時頃からプンドポでお茶とデザートをいただきながらの舞踊鑑賞となる。ちなみに博物館の見学はいつでも午前中に有料で可能である。その方がガイド付きでゆっくりと見ることができる。

プンドポでは奥の間を背に椅子とコーヒー・テーブルがセッティングされて、客はそこからプンドポの中央空間(ソコと呼ばれる4本の柱で囲まれている)で上演される舞踊を見る。つまりこれは、王様の見る位置から舞踊を見させてもらえるということなのだ。本当の王宮儀礼であれば、普通の人がこんな位置から舞踊を見ることはできない。(もっともそれ以前に招待されないだろうが。)

舞踊は普通は20~25分くらいの男性舞踊、女性舞踊が1つずつ上演される。男性舞踊はたいていウィレンと呼ばれる戦いの舞踊であり、女性舞踊もウィレンか、あるいはガンビョンやゴレックと呼ばれる単独舞踊をたいてい2人で踊る。もしスリンピやブドヨ、舞踊劇(ワヤン・トペンやラングン・ドリアンなど)のような大きな演目が上演されたとしたら、それは特別な客だと考えてよい。レパートリーが何であれ、基本的にマンクヌガランのオリジナル作品が上演される。ソロではクラトン・カスナナン宮殿(本家にあたる)のスタイルがスタンダードになっており、マンクヌガラン・スタイルはここでしか見ることができない。この舞踊鑑賞の時には司会の人がいて作品説明をしてくれる。最後は記念に踊り子の手からマンクヌガランの紋章のバッジがもらえ、それぞれ写真撮影したりしておひらきとなる。

以上が全体の流れである。私も正式の客として堂々と上演を見たことが2000年と2001、2年頃に2回ある。それ以外はいつもプンドポの脇やガムラン奏者の後ろから舞踊上演を見せてもらっていた。ソロで舞踊や音楽を勉強している外人留学生はそうやって勉強させてもらう。

●客層

基本的にロイヤル・ディナーの客は外人で、日本人の団体も時々来る。1997年末からの経済危機以降ソロの観光客は激減、ほとんどいなくなった。2002、3年頃でも経済危機以前の状態までには戻っていない。観光の一環であれ、宮廷が舞踊や音楽で満たされ華やいでいるのを見るのは嬉しいものである。往時のことを思い出すとなんだかとても寂しい。

観光パッケージとは言えないが、インドネシア政府関係者とか偉い賓客の接待というのもある。だいたい食事は別の所でとり、デザートを食べながら舞踊鑑賞するだけのようだ。たぶんソロの視察というような名目なのだろうが、実態は観光と似たようなものだろう。この場合、お客さんは必ず本家のクラトンに先に行き、次にマンクヌガラン宮殿に来る。クラトンではどんな接待があるのか知らないが、そこで長引けば当然マンクヌガランに来るのは遅れる。いつだったか、どこかの国の大使が予定から2時間くらい経ってもマンクヌガランに現れないことがあった。けっきょくそれはクラトンを出たあとダナル・ハディ(有名なバティック=ジャワ更紗服の店)に買い物に寄っていたからだと判明。どこの国でも偉いさんというのは人を待たせるもんである。

また国内観光旅行の団体や学校研修の一環としての鑑賞会などもある。私が見た限りではいつも昼間にやっていた。学校団体などかなりの人数が来るので、客は椅子に座らず床に敷いたマットの上に座っている。ディナーもお茶もつかない。

●上演

具体的にどんな演目があるのかについてはまた別の機会に説明するとして、今回は印象的だったケースをいくつか紹介しよう。ふつうは上演内容はお任せでマンクヌガランが決めているが、団体によってはリクエストしてくるところもある。

国内の婦人団体がチャーターした時に、ラングン・ドリアン(舞踊歌劇)の上演があった。これは宝塚歌劇みたいに女性だけが出演するもので、マンクヌガランのオリジナルである。女性ばかりの演目をリクエストされてそうなったらしい。

子供の舞踊がリクエストされることもある。決まって子供の団体(もちろん引率は大人)がチャーターする時である。同じ年頃の子供達が踊るのを見るほうが、観客の子供達の興味をそそるのだろう。そういう時はスルヨ・スミラット(マンクヌガラン子供舞踊教室)の子供達が出演する。宮廷舞踊は大人の舞踊で子供の演目はないからである。

マンクヌガランで一度「ボンダン」を見て驚いたことがある。これはソロの伝統舞踊としてとてもポピュラーだが、マンクヌガランのオリジナルではない。マンクヌガランで上演されるのはオリジナルの作品か、またそうではなくともマンクヌガラン風にアレンジを加えてレパートリー化した特定の演目である。だがボンダンは後者でもない。これは客からのリクエストだということだった。ソロの舞踊について知識はあるが、マンクヌガラン舞踊についてはあまり知らない客だったのではなかろうか。そういう依頼があった場合、その曲は自分達のレパートリーではないことを説明してオリジナル作品の上演を提案するという手もあると思うのだが、マンクヌガランはそうはしなかった。踊り子はいつもの宮廷の踊り子だった。

さらにマンクヌガランでカセットテープを使った上演も見たことがある。それは断食月のことだった。ジャワの王宮では断食月の1ヶ月間はガムランの音を出してはいけないことになっていて、その間に楽器を手入れするようである。このときは断食中で音が出せない理由を客に説明してから上演していたが、私にはどうも腑に落ちなかった。イスラムの断食について詳しく知らないが、ガムランの音を出してはいけないというなら、たぶんカセットでもだめなのではなかろうか? 事前に客はカセット伴奏を了承していたのだろうか。あるいはチャーター料金は生演奏の場合とで違ったのだろうか。断食月だからチャーターに応じられないという選択肢はなかったのだろうか、などといろんなことを考えさせられてしまった。

話があらぬ方向へ飛んでしまった。ボンダンやカセット伴奏の件のように、どこまで客の要求に合わせ、どこから妥協できないのかというポイントを決めることは難しい。これは観光がかかえる問題というよりも、興行・サービス産業における根本的な問題のように思える。日本の老舗旅館や料理屋ならもてなす側がある程度客を選別し(一見お断りとはそういうことだろう)、自分達が最高だと考えるサービスを提供する。場違いな客の要望は婉曲に断るだろう。それは文化的背景が比較的単一な日本でだからこそ可能なのだろうか。外国人観光客をターゲットにしていては、王宮といえどもそれは難しいのだろうか。そういうことをつい考えてしまう。