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2017.08水牛「ジャワの雨除け、雨乞い」
高橋悠治氏のサイト『水牛』の
2017年8月」(水牛のように)コーナーに、
今月は「ジャワの雨除け、雨乞い」を寄稿しました。

私のエッセイのバックナンバーはこちら→ 冨岡三智アーカイブ
※2002年11月から同サイトに寄稿しています。




ジャワの雨除け、雨乞い

日本での雨の降り方が熱帯地方化しているように思える折柄、今月はジャワでの雨のコントロール法について述べよう。

●雨除け

王宮で結婚式の行事があった時にやっていた方法が、竹ひごを束ねた箒を逆さ立てて、その先に唐辛子をたくさん刺すというもの。ネットで調べてみたら、祈祷師(パワン)がやる一般的な方法のようで、唐辛子以外にニンニクとバワン・メラ(赤エシャロット)も使うらしい。これらは唐辛子と並んでジャワ料理を代表する3大基礎香辛料と言えるだろう。どういう理屈で雨が止むのか分からないが、あるネット記事には「祈る人は確信してやるべし」と書いてあった(笑)。

水牛2017年8月号雨除け写真
2000年冨岡撮影、石柱に立てかけた雨除けのセット(この文章を書くときは写真を見直さなかったのですが、唐辛子の下に赤エシャロットも刺さっており、下にいろいろ香辛料が並んでいますね。)


私も雨除けのためにパワンを呼んだことがある。それは、2006年11月に舞踊「スリンピ・ゴンドクスモ」の曲を録音した時のことだった。この時は芸大のスタジオではなく、芸大元学長スパンガ氏の自宅のプンドポで録音した。プンドポは王宮や貴族の邸宅には必ずある伝統的な建物で、儀礼を行うための空間だ。ガムランはこういう場所に置かれている。壁がなく柱だけで屋根を支えている建物だから屋外も同然だが、プンドポでは天井に上がっていった音が下に降ってきて音響的には素晴らしく、ガムランとは本来こういう空間で上演されるものだと実感できる。スパンガ氏の屋敷は広大で、しかも塀の前には田んぼが広がっているから、雨さえ降らなければ夜は静かになる。というわけで、雨除けが必要なのである。11月は雨期に入っているし、それに録音予定の週には町内で結婚式が2つもある(ジャワでは自宅で結婚式を挙げることも多い)。それらの家でもパワンを呼ぶから、あっちで雨除け、そっちで雨除けされたら雲がスパンガ氏の家の辺りに集まってきて、録音日に雨が降るかもしれない!こっちでも雨除けが必要だ!と演奏者たちに要請されてしまったのだ。

それで当日パワンに来てもらうことになったが、他にも伝統的な雨除けの方法として、パンツをプンドポの屋根の一番上の柱に上げるというのもあるけど、やる?と冗談交じりに聞かれた。もちろん却下であるが、そういう場合、パンツは録音主催者の私のものであるべきか、家の当主であるスパンガ氏のものなのか…、また古い時代ならパンツではなく褌などになるのだろうか?などと色んな疑問が沸き起こる…。しかし、これもどういう理屈なのだろう。

話を元に戻す。録音では夜8時集合にしていたが、私は準備のため7時過ぎにバイクで現地に到着した。しかし、道中で土砂降りの雨が降り始めたので怒り心頭である。8時には雨は小雨になったが、まだ誰も来ない。少なくともパワンは先に着いて雨除けのお祈りか何かをしていてしかるべきではないか?竹箒に唐辛子は準備しないのだろうか?などという思いが脳裏をよぎる。8時半頃に雨がやみ、出演者が集まり始めた。録音準備をやってとりあえず晩御飯である。この段になってパワンがやってきて、晩御飯を食べてすぐに帰って行った…。あとは演奏するだけとなった時には雨はすっかりやんで、しかも田んぼのカエルたちも全然鳴かない。演奏者たちはパワンの成果にすっかり満足だが、そもそも予定時間から遅れているのだし、1人ずぶぬれになった私にすれば結果オーライでも割り切れない部分がある。別に謝礼と晩御飯を用意しなくても雨はやむべくしてやんだような気がするし…。しかし、パワンにすれば、本来一晩雨のはずが録音を実行できる状態にできた成功事例だったのかもしれない。

●雨乞い

私が最初に留学したのは1996年の3月から2年間で、ちょうど雨季の終わり頃に着いた。そして乾季を過ぎ、次の雨季が来ようとする頃…。雨季は11月頃から始まり、本格的な降りになるのは12月頃からなのだが、この時は1月半ばになってもほとんど雨が降らなかった。ちょっと小高い所にある大学の周辺の下宿では井戸水が枯れる所も多く、大学に来てマンディ(水浴び)をする学生がこの頃は多かった。大学は公的機関だけあって井戸は深く掘られていたようだ。

そんな折、私が参加していたカスナナン王宮の宮廷舞踊の定期練習では、「スリンピ・アングリルムンドゥン」を練習する機会がぐっと増えた。この曲はムンドゥン(雲)という語を含むように、雨を呼ぶと言われている。宮廷舞踊のレパートリーの中でも1年に1回、即位記念日にのみ上演される「ブドヨ・クタワン」という曲に次いで重いとされる曲で、王宮の練習に参加して半年余りたったこの時点で、1度も練習したことがない曲だった。演奏家たちは農村地帯に雨が降るようにとお祈りをしたのちに演奏を始めたものだ。王宮の周辺では相変わらず雨は降らなかったが、郊外では微量だが雨が降ったという。

また、「ババル・ラヤル(帆を揚げる)」という曲が雨乞いのために演奏されたこともある。この曲はグンディン・ボナンと呼ばれる合奏形態で演奏される儀式用の曲の1つだが、雨と関わる由緒があるらしかった。これは、カスナナンではなくマンクヌガラン王家の演奏練習の日だったかもしれない。

これらの雨乞いは別に王家が公的にアナウンスして行ったわけではなく、王宮付き芸術家による私的な行為である。しかし、ジャワの王宮と農村との間にある精神的な紐帯を思い出させてくれる。音楽や舞踊にはこんな霊的な力があると信じられている。