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2005.05水牛アーカイブ「振付家名のクレジット(4)振付、振付家の呼び方」
私は、毎月、高橋悠治氏のサイト『水牛』の「水牛のように」コーナーにエッセイを書いていますが、この執筆は2002年11月から始まりました。同サイトにも私のエッセイのバックナンバーが、「冨岡三智アーカイブ」に掲載されています。しかし、サイトのデザイン変更もあって、今のところは大体2007年頃からの分しか移行されていません。それで、『水牛』のアーカイブに未掲載の分をこちらに掲載していくことにします。




『水牛』2005年5月号
振付家名のクレジット(4)振付、振付家の呼び方


前回の最後で、「インドネシア若手振付家フェスティバル」が1978年から始まり、初めて振付家が脚光を浴び始めると書いて(続く)としたのだけれど、今回は少し視点を変えて、振付、あるいは振付家をインドネシアでは、特にジャワのソロではどう呼んでいるのか、書いてみよう。

この「インドネシア若手振付家フェスティバル」はインドネシア語ではフェスティバル・プナタ・タリ・ムダといい、プナタ・タリが振付家を表している。タリは舞踊を意味し、プナタはタタする人=秩序正しく構成する人だ。振付だとプナタアンとなる。これだと、さまざまな動きや型といった要素を構成して作品に仕上げることが振付だというニュアンスがある。このフェスティバルはインドネシアで現代舞踊を推進する目的で始まったから、振付家にコレオグラファーという外来語をそのまま使っても良さそうなものだが、使っていない。

それから振付家=プニュスン=ススンする人、振付=ススナン・タリという言い方もある。ススンはつなげるという意味で、これなどは特に(他の舞踊のことは分からないのだけれど)、ジャワ舞踊の伝統的な振付を表すのに向いている言葉だという気がする。ジャワの舞踊や音楽は一まとまりのフレーズ=スカランとつなぎのフレーズの2種類に分かれていて、スカランを何度か繰り返してつなぎのフレーズがくるという構造になっている。ネックレスのようにフレーズをつないでいくイメージが、ススンという語にはあるように感じられる。

外来語のコレオグラフィー、コレオグラファーという語も、インドネシアでは1961年に始まるラーマーヤナ・バレエで使われている。(それ以前からすでに使われていたかも知れない。)この場合は、新しい伝統舞踊劇のジャンルを表すのにバレエという西洋語が用いられているから、その振付家にもコレオグラファーという西洋語を用いたのかなという気がする。

けれど、現在ではコレオグラファーという語を聞くと、伝統的でない/現代ものの舞踊作品の振付家をイメージしてしまう。私が留学している時に、授業で自分の好きなコレオグラファーを選んでその作品の特徴を書いてくるという宿題が出たことがあった。生徒が選んだのはほぼすべてインドネシア国内の現代舞踊家で、芸大や芸術高校の履修科目に入っている、とても有名な伝統舞踊作品の作者の名前――クスモケソウォとかマリディとかガリマンなど――はぜんぜん挙がらなかった。そのことに先生は大きくショックを受けていたけれど、実は私自身もこれらの人々のことに思い至らなくて、それがショックであった。確かにこれらの人々もコレオグラファーと呼ぶべきなのだ。それを失念していたのは、これらの人々の作品がすでに古典化していて新しい作品という感覚が無くなってしまっているからかも知れないし(これらの人々が活躍したのは戦後になってから)、またコレオグラファーという外来語から、どうしても欧米スタンダードの現代的な作品を振り付ける人を想像してしまうのかも知れないと感じている。

インドネシア・ソロの芸大では、このコレオグラフィーという語と、それからコンポジシ(英語のコンポジション)という語が振付を表す語として使われていて、両方併記されることも多い。どちらかというと2000年頃以前はコンポジシの方がよく使われていて、それ以後はコレオグラフィーが代わってよく使われるようになった気がする。コンポジシは、音楽科では作曲の意味で使われている。もっともそれが英語での普通の使い方だろう。英語圏では舞踊作品や舞台芸術作品を作ることにもコンポジションという語を使うのか、私は知らない。(少なくとも私の辞書にはその使い方は載っていない。)

このコンポジシという語は、基本的には伝統的なテクニックから離れた振付を指すのに使う、と芸大の先生は言う。では芸大では伝統的な手法で振り付けたものは何と呼ぶのかと聞くと、それはガラパンだという。ガラパンとは辞書的には「作る」という意味のようであるが、ジャワでは音楽や舞踊をアレンジ・演出することを指している。卒業制作でガラパンするというと、だいたいワヤン(影絵)でおなじみの話を、自分なりに新しくアレンジして舞踊劇に仕立てていることが多い。その場合は伝統的な舞踊や音楽のテクニックを中心に使っている。

その他に、現在のソロでほとんど聞くことがないが、クレアシ・バル=新創造という語がある。クレアシは英語のクリエーション=創造のことだ。この語はソロではバゴン(故)というジョグジャカルタの現代舞踊家の作品に対して使われることが多く、他のジャワの舞踊家の作品に対しては使われないように思う。ジョグジャカルタの音楽家や留学生からは、バゴンに関係なく、新しい表現というニュアンスでこのクレアシ・バルという語を何度も耳にしたことがあるから、ジョグジャカルタではよく使う、あるいは使っていた語なのかも知れない。

ソロの芸大の舞踊科の先生からこんな話を聞いたことがある。あるとき地方(ソロ近郊)でのクレアシ・バル・コンテストの審査員を頼まれ、どんな振付作品が出てくるのかと楽しみにしていたら、ディスコ・ダンスのようなものばかりだったそうだ。いまやクレアシ・バルは地方ではディスコ・ダンス風のものだと理解されているらしい。

このように思いつくままに挙げてみたけれど、インドネシアは地域によって言語も舞踊も音楽も異なる。インドネシア語が共通語だといっても、地域によって音楽や舞踊の概念が違えば、振付家、振付を表す言葉だって異なるだろう。たとえば、振付という行為がススナンという語で表すのが不適切な地域だってあるかも知れない。おそらく芸術大学や芸術高校がある地域間では、学校の人材交流の中で言葉もある程度共通化してくるのだろうけれど、まだまだ他にも振付、振付家を指す語がたくさんあるのではないかと思っている。