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2006.05水牛「ジャワ舞踊の衣装」
私は、毎月、高橋悠治氏のサイト『水牛』の「水牛のように」コーナーにエッセイを書いていますが、この執筆は2002年11月から始まりました。同サイトにも私のエッセイのバックナンバーが、「冨岡三智アーカイブ」に掲載されています。しかし、サイトのデザイン変更もあって、今のところは大体2007年頃からの分しか移行されていません。それで、『水牛』のアーカイブに未掲載の分をこちらに掲載していくことにします。

水牛アーカイブ未掲載分の目次はこちらです。



2006年5月号『水牛』寄稿
「ジャワ舞踊の衣装」

最近はジャワ舞踊の話からそれてしまっていたので、久しぶりにジャワ舞踊の話に戻ろう。ジャワ舞踊の魅力は、その優雅な動きにあるのはもちろんなのだが、その動きを作っている衣装の魅力に負うところも大きい。というわけで、今回は特に衣装に注目してみよう。

ジャワ舞踊というのは、中部ジャワ地域で王宮を中心に発展した舞踊のことで、スラカルタ(通称ソロ)とジョグジャカルタ(通称ジョグジャ)が主な中心地である。ちなみに文化的に単にジャワと呼ぶ場合は中部ジャワだけを指し、東ジャワや西ジャワを含めない。

●カイン・バティック

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上半身:バティック製のドドッ・アグン/下半身の着付:サンバラン

ジャワの伝統衣装の着付では、バティックを施したカイン(上下約1m×長さ約2mの布)を1枚、腰に巻く。バティックは一般にジャワ更紗と呼ばれている が、多くの人が想像するような多彩な色使いの花鳥模様のジャワ更紗は、スラカルタやジョグジャカルタのものではない。王宮都市のバティックは、白地や茶色 地に抽象化された模様が整然と描かれた地味なものだ。その中でも舞踊に用いられるのがパラン模様である。これは王族だけが着用できる禁制模様で、現在でも それは守られている。つまり踊り手がこの柄を着用できるというのは、逆に言えば、踊っているときだけ踊り手は王族の身分になれるということなのだ。

このカインの着付け方にはいろいろあるのだが、スラカルタには、カイン・バティック1.5枚分を横に縫い合わせたものを巻きつけ、裾を60cmくらい引き ずる着付け方(女性用)がある。スラカルタ宮廷舞踊の着付け方で、ジョグジャにはない。この着付け方を一般的にサンバランと呼ぶ。この布を腰にぴったり沿 うように二巻きし、余りが体の前面に来るようにして襞を取り、その襞を両足でまたぐように着て、尻尾のように後ろに伸ばす。その尻尾が、標準体型の人だ と、だいたい60cmくらいの長さになるというわけだ。そして踊る時は、裾が足にからまないように、その尻尾の部分を左や右に蹴りさばく。実はサンバラン とは「サンバル=蹴る」の名詞形なのである。しかしサンバランというのは通称で、宮廷では違う名称がついているが、失念してしまった。実は裾を引きずるよ うな服を着てみたいというのが私の小さい頃からの夢だった。ローブデコルテや十二単、打ち掛けなど、お姫様の衣装はどれもみな裾を引きずるものと決まって いる。サンバランの裾はこれらの衣装のように張りがなく、その蹴られた裾がさざ波のように揺れるから、いかにも優雅だ。

さらに宮廷舞踊のスリンピやブドヨでは、その尻尾の部分にピンクと白のバラの花びら、それに刻んだ良い香りの葉(これらをあわせてクンバン・スタマン=庭 の花という)を巻き込む。おまけに香水まで振り注ぐ。それ以外の舞踊作品でもサンバランの着付けをすることはあるけれど、花びらまでは巻き込まない。座っ て合掌していた踊り手が立ち上がり、裾を蹴るたびに、ねじっていたカインの端がほどけ、巻き込まれた花びらが少しずつこぼれて、宙に舞い散る。その様子は 散華のようだ。それに視覚的に美しいだけでなく、花びらの香りが辺り一面に拡がって嗅覚をも刺激する。これは踊り手の気分をも恍惚とさせてしまうくらい だ。

ブドヨの場合は、クンバン・スタマン以外に薬味のようなものも混ぜる。薬味の内容については失念したが、1つはしょうがみたいなものを使う。ジャワで「ダ ルマニンシウィ」という作品を踊った時に(水牛2003年3月、2003年4月に書いています)、実際にその薬味を巻き込んで踊ったことがある。花びらだ けだと官能的な雰囲気に酔ってしまいそうになるけれど、この薬味が入ることで一気に鎮静され、瞑想的な気分になる。と言いつつも、「ダルマニンシウィ」の 時は、私はしょうがの匂いに思わず空腹感を覚えてしまったのだが…。

花を巻き込むだけでなく、カインにお香を焚きしめることもある。宮廷にはかつて王様が着用するカインにお香を焚きしめる係がいたという。私は、王女さまが お香を焚きしめたカインを身に着けて踊るのを見たことがある。その時は踊り手との距離が遠かった割りには、動きにつれて仄かに香りが漂ってきたのには驚い た。こんな風に香りや花を贅沢に使うやり方は日本にはないなあと思ったものだ。


●カイン・チンデ

サ ンバランには、カイン・バティック以外にチンデと呼ばれる布を使うものもある。チンデはインド伝来の柄で、スラカルタではブドヨだけに使われる。ブドヨ (9人の女性による舞踊)の方がスリンピ(4人の女性による舞踊)よりも儀礼的な舞踊で、それにチンデを使うのは、おそらく宮廷儀礼とヒンズー仏教との間 に何らかの関係があったからなのだろう。そのチンデの布は、インドでは織物であった。私も日本での展覧会やスラカルタの骨董屋でオリジナルのチンデを見た ことがある。どちらも布の両端に織物の耳が厚く残っていた。現在ジャワで目にするチンデは、染めて作られているから耳はない。しかし布の両端に線が描かれ ていて、耳の名残がある。


●サンプール

サンプールは腰に巻いて、手で払ったり、指でつまんだりして使う布である。大人だと60cm幅×3mくらいの大きさのサンプールを使う。ジョグジャではほ とんどチンデ模様のものを使うのだが、スラカルタでは男性荒型の舞踊やブドヨを除き、ほとんどの場合無地のものを使う。シフォンなどの柔らかく透けた布地 を使い、両端にビーズで房をつけることが多い。

これがまた乙姫や天女や仏様が肩にかけているショールのような感じで、お姫様好きには憧れの小物である。だがサンプールを払うのは簡単そうに見えて結構難 しい。未熟者が払うと手首によけいな力が入ってしまうし、それに薄物はとにかくアクセサリー類にひっかかり易く、未熟者はとかく粗相しがちだ。けれど上手 な人がサンプール払うと、なんだかサンプールの滞空時間が長くて、本当に画に描かれた天女を見ているような気持ちになる。スリンピやブドヨでは皆同じ衣装 を着て踊るけれど、ある人の周囲だけ時間の流れがスローモーションになっていて、あるいは濃密な空気が立ち込めていて、その人のサンプールだけがいつまで もふんわりと宙になびいている、と見えることがある。そんな風に踊れたら良いなといつも思っている。

●ビロードの胴着

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胴着…左:コタン/右:メカッ、いずれも無地のサンプール

下半身を覆うのがジャワの伝統的なカイン・バティックであるのに対して、女性の上半身を覆うのは西洋からもたらされた素材=ビロードの胴着である。こんな 風に上半身と下半身の素材のルーツが異なるのは、ジャワ舞踊だけに限らず東南アジア各地の伝統衣装によく見られるものだ。南国ではかつて上半身に何もまと わなかったのだが、西洋人が服を着るように教化・強制したので、上半身が西洋風の衣服になった、というわけである。それはともかく、ジャワの女性舞踊の一 般的な着方にはメカッ(=ビスチェ・タイプ、両肩を出す)とコタン(=袖なし上着)の2通りのモデルがある。どちらもビロード地に金糸で刺繍をおいたり、 モールやビーズで房をつけたりして、豪華に仕立て上げたものが多い。

スリンピの場合はメカッでもコタンでもよいのだが、たいていはどちらを使うのか決まっている。ゴレッという種類ならコタンだし、スリカンディなどワヤン (影絵)の登場人物はメカッである。また女性の踊り手が男性舞踊の演目を踊る時は、メカッを着ることになっている。男性の踊り手なら本当は上半身何も着な いのだが、女性が踊る場合はそれはまずい…というわけである。

●ドドッ
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アラス・アラサン柄のドドッ・アグン、チンデのサンプール
出典 Karaton Surakarta p.298


ドドッというのはカインを上半身に巻きつけて着る着方の総称で、宮廷には何種類ものドドッがある。舞踊に使われるのは、ブドヨを踊る時のドドッ・アグン (大きなドドッ)という着方で、これは花嫁衣裳にも使われる。ドドッ・アグンでは約2m×5mの大きさの布を巻き込み畳み込んでいって、上半身から膝あた りまでを覆うように着付ける。それには金泥でアラス・アラサン(森の模様)と呼ばれる柄が描かれ、その生地はカインよりもずっと厚くて重い。ちなみに、私 はジャワに住んでいる時、ドドッ・アグンの布を普段はカーテンとして使用していた。ちょうど窓2枚分を塞げる上に、生地が厚くて全然光を通さず都合が良 かった。

ドドッ・アグンでは布を巻く醍醐味が味わえるとはいえ、重量も相当になるので、覚悟がないと着れない。普通は美容師に着せてもらうもので、1人ではまず着 ない(着れない)ものだが、私は日本で何度か1人で着て踊ったことがある。私はこのドドッ・アグンがジャワ舞踊の衣装の中で一番好きなのだ。

この衣装の魅力はやはりその儀礼性の高さにある。ドドッ・アグンの場合はカインとサンプールはチンデのものを使用する。これらを全部身に纏うと、ビロード の胴着にカイン・バティックを着る場合とは全然違う心持になる。ただ大変踊りにくいのは事実である。ジャワ舞踊では必ず座って合掌してから立ち上がるのだ が、ドドッでは相当量の布が上半身に巻き付いるので、手をつかずにすっと立ち上がるのが難しい。現行の宮廷の踊り方では、立ち上がる前に踊り手は必ず手を つき、「どっこいしょ」という感じで両膝を揃えて体勢を整えてからおもむろに立ち上がる。練習の時(カイン・バティックを身につけている)にその立ち方を 見てみっともないなあと思っていたが、上演の時はドドッを着ることを考えると、致し方ないなあという気がしてくる。

こういう古典のドドッではなく、着やすいドドッも発明されている。それはブドヨ用ではなく、結婚式でよく踊られるいわゆる「ラブダンス」ものの演目のため である。スラカルタでは、1970年代から男女がペアで踊る演目が結婚式用に盛んに作られるようになった。その第1号がマリディ作の「カロンセ」で、これ にはパンジ王子とスカルタジ姫という設定があり、その衣装を着る。しかしそれ以後に芸大を中心に作られた作品では、そういうキャラクター設定をせず、衣装 も次第に花嫁衣装に似せたものを使うようになってきた。つまり踊り手が花嫁・花婿を演じるというわけなのだ。この場合は、カインよりも少し長いドドッ・タ ングン(1m×2.5m、タングンは中途半端の意)と呼ばれる布を、ドドッ・アグン風に着付ける。これは薄くて着やすく、動きやすい。芸大の先生が考案し たと聞いている。