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2006.06水牛「ジャワ島中部地震の報道について」
私は、毎月、高橋悠治氏のサイト『水牛』の「水牛のように」コーナーにエッセイを書いていますが、この執筆は2002年11月から始まりました。同サイトにも私のエッセイのバックナンバーが、「冨岡三智アーカイブ」に掲載されています。しかし、サイトのデザイン変更もあって、今のところは大体2007年頃からの分しか移行されていません。それで、『水牛』のアーカイブに未掲載の分をこちらに掲載していくことにします。

水牛アーカイブ未掲載分の目次はこちらです。



2006年6月号『水牛』寄稿
ジャワ島中部地震の報道について 

5月25日早朝6時頃、ジャワ島中部のジョグジャカルタ(以後ジョグジャと略)州を中心に地震が起きた。

日本でのメディア報道では、被害の一番甚大なバントゥル県のニュースがやっぱり一番多い。バントゥル県はちょうどジョグジャ市街と、ジャワ島南海岸との間にある。被害が一番甚大な地域だということで、いろんな救援団体が入っている。それからプランバナン寺院が崩壊したことも、割と早い時期に報じられた。そのプランバナン寺院の東半分が属しているクラテン県の被害も結構大きいらしいのだが、私の友人が現地の知人らに確認したところでは、ここには支援の手(特に食料供給)がほとんど届いていない。

NIKKEI NETでは、5月30日午前の段階で地震の死者は5,428人、全半壊または損傷した家屋が約95,000軒とあり、クラテン県のホームページでは、同県の被害は同日朝7時半の時点で死者1,039人、全壊または損傷した家屋が77,683軒(公共施設、個人家屋の合計)だとある。バントゥル県では同日午後8時15分の時点で死者3,789人、崩壊・損傷した家屋が26,733軒。それぞれどういう風にデータを取っているのか分からないから(特に家屋のデータについては)比較できないのだが、クラテン県の被害も小さくないことは分かる。

それでもクラテン県の様子があまり報道に乗らないのは、1つにはこの県がジョグジャ州ではなく中ジャワ州に属しているからだろう。今回の地震はジャワ島地震という呼称にほぼなっているが、震源がジョグジャ周辺だと報道されているために、一般の関心はジョグジャと呼ばれる地域の範囲を越えることがない。その反対に、どの報道で使われた地図にも、ジョグジャ市、ムラピ山、プランバナン寺院と並んで、被害のなかったボロブドゥール遺跡の位置が示されていた。いま挙げた地域はすべてジョグジャ観光のメッカである。被害もなく震源地から65kmくらいも離れているボロブドゥールの位置を示すのは、それが観光ガイドではジョグジャの項目に入れられており、ジャワでは一番有名な観光地だからなのだ。観光ガイドではジョグジャ/プランバナン寺院観光のページの次は中ジャワ州/スラカルタ(通称ソロ)のページになっているから、ジョグジャの地域はプランバナン寺院で終わりという風に見えてしまうのだろう。

あるいはまた、こんな風にも考えられる。いったんバントゥル県が最大の被災地と認定され、救援部隊が次々にバントゥル入りするようになると、マスコミはバントゥルにいてその救援活動を報道してさえいれば、新しいニュースはいくらでも伝えられる。つまり、死傷者の数や崩壊した家の数などは必ず刻々更新されてゆくし、新しい支援団体もやってくる。それに支援団体の活動を伝えることは、日本の外交を宣伝する上でも、納税者(政府援助の負担者)や義援金を送る人たちを安心させるためにも重要な仕事だ。そうなると、クラテンみたいに支援団体に注目されていない地域については、手間ひまかけて報道するメディアが少なくなるんじゃなかろうか、と思えたりもする。

それから、もしかしたら地方自治体の首長の被災アピール度にも理由があるかも知れない。29日に見つけたのだが、バントゥル県のホームページのトップには、義援金募集の記事が出ているのである。2つの銀行口座が書いてあって「バントゥル県知事―天災」宛てに送る。どちらもドメスティックな銀行だから、国内に向けて支援要請を発信しているわけだ。(この文章を送る直前になって気づいたのだが、県の英語版のホームページには、この支援要請のお願いや銀行口座は書いていなかった。)それに続いて、被災データや救援物資の配給データへのリンクがあり、また県知事のSMS(携帯電話のショート・メール・サービス)センターの番号が出ていて、村民が知事に要求を伝えることもできることになっている。(今もあるのか知らないけれど、同様のサービスはユドヨノ大統領が以前やっていた。)地方自治体が直接、義援金募集のページを出したことに私は驚いた。いったいこの口座に寄付する人がいるのか、このお金が着服されずに、きちんと支援に廻される保証はあるのか、私には分からない。しかし、少なくとも、バントゥル県の知事は被害の大きさを外部に向かって強くアピールしている。そのために、クラテン県が割りを食っている面もないとは言えまい。

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こんな風にクラテン県のことが気になるのは、この県がジョグジャカルタとスラカルタの2つの王宮都市の間にあって、両方の宮廷に多くのダラン(影絵操者)や音楽家や舞踊家を輩出している地域だからなのだ。

ジャワの宮廷では、ムラピ山には王族の祖先霊が住み、南の海には、女神ラトゥ・キドゥルが棲んでいると信じられている。代々の王はこの女神と結婚することで、その王権の正統性を得ている。ジョグジャの王宮は、ちょうどこのムラピ山と南のジャワ海を結ぶ一直線上に位置している。この1ヶ月の間に、その北のムラピ山で噴火活動が活発化して火砕流が発生し(15日、地震後の29日)、南海岸側で地震が起きたということは、何か神々の怒りでもあるのではないか……と、ジャワ人でなくとも(あるいはジャワ人でないからこそ?)考えてしまう。